貫井徳郎 09


光と影の誘惑


2002/01/28

 貫井徳郎さんの作品はダークな作風が多い。それが持ち味だとは思うが、決してそれだけではない。本作は、貫井さんの懐の広さを示す好編揃いの作品集だ。

 「長く孤独な誘拐」。一人息子を誘拐された森脇に犯人が突きつけた要求は、何と「本命」の誘拐だった…。悲壮なまでの森脇の決意が痛々しい。設定だけでも十分に驚くが、さらにこの結末。長編にアレンジすれば、『慟哭』に匹敵する衝撃作となっただろう。この長さでもダメージは大きいぞ…。

 文庫版解説で西澤保彦さんも述べているが、最注目は「二十四羽の目撃者」だろう。アメリカを舞台とした異例の作品だが、ガチガチのハードボイルドかと思いきや、実にコミカルなこの作風。『迷宮遡行』を読んだ時点で僕は誤解していたことを知った。あの作風は本作で既に披露されていたのだ。もちろん、謎解きも納得。

 表題作「光と影の誘惑」。平凡で貧しい日々に鬱屈した二人の男が出会い、銀行の現金輸送襲撃計画を企てる。万事はうまく運んだかに思えたが…。ところが、ここに「長く孤独な誘拐」が絡んでくる。そして、ラストの罠。こうもさらりと決められてはお手上げ。騙されたのは僕が抜けているから…ではないはずだ、きっと。

 「我が母の教えたまいし歌」。父の死を機に、母の秘密に触れてしまった皓一。かつての母を知る人から話を聞けば聞くほど、矛盾は深まるばかり。皓一が行き着いた真実とは。この結末なら、皓一の母に関する客観的事実にすべて説明がつく、とだけ言っておく。解説は後に読もう。せっかくのサプライズエンディングにうっかり目を通しちゃいけない。

 貫井さんお得意の罠が仕掛けられた三編に、コミカルな一編という組み合わせだが不思議とまとまっている。なお、「二十四羽の目撃者」を気に入った方は、講談社文庫のアンソロジー『「ABC」殺人事件』に収録の「連鎖する数字」も是非読んでみよう。きっとこちらも気に入ってもらえるはずだ。



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