荻原 浩 25


月の上の観覧車


2011/05/30

 上下巻の大作『砂の王国』以来の荻原浩さんの新刊は、短編集である。全8編に共通しているのは、いずれも取り戻せない人生を回想する物語であること。彼らは幸せだった人生の一時期を振り返り、思う。あの頃はよかった。それなのに…。

 「トンネル鏡」。トンネルが続く故郷への帰路を、男の人生とシンクロさせる演出がうまい。幸せとは言い難い人生だったかもしれないが、彼には帰る場所がある。「金魚」。妻の死以来、抜け殻のように生きてきた男。会社には精神疾患であることを隠している。この結末をどう解釈するか。その小さな存在が失われたとき、どうするのか。

 「上海租界の魔術師」。名マジシャンだった祖父の腕が、体の衰えとともに落ちていく描写が悲しい。それでも、家族で唯一祖父を慕っていた少女に、何かは伝わった。他の家族には伝わったか。個人的に、最もぞくりとさせられた「レシピ」。家庭に尽くしてきた専業主婦の回想、決意。男性諸氏は心して読むべし。身に覚えはないか?

 同じ風習は我が故郷にもある、「胡瓜の馬」。都会に出て妻子ももうけた男が、今なお追い求めていた影。妻にとっては不愉快な話だが、男性読者なら共感できるだろう。「チョコチップミントをダブルで」。年に1度の娘に会える日に向けて、デートプランを練る男。彼は夢を見続けて離婚を切り出された。しかし、今の御時勢に「安定」はないよねえ。

 現実にもしばしば問題になる「ゴミ屋敷モノクローム」。そこがゴミ屋敷と化した過程は一通りではないだろう。老女がゴミ屋敷に埋め込みたかったものとは。あまりに皮肉な結末。表題作「月の上の観覧車」は、本作中唯一の幻想譚。バブル崩壊で業績が傾いたホテルの社長。彼に残されたものは思い出だけ。だが、思い出があれば前を向ける。

 どこで歯車が狂ったのだろう。選択を誤らなければ、違う現在があったのではないか。人間はそんなに強くはない。いつまでもうじうじと嘆く。人生を回想するというテーマは長編『あの日にドライブ』に近いが、本作に『あの日にドライブ』ほど救いはない。しかし、短編で想像の余地を残している分、本作の方が強く読者に訴えるのではないか。



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