荻原 浩 26


誰にも書ける一冊の本


2011/07/07

 本作は、光文社が企画したテーマ競作小説「死様」の1冊として刊行された。『誰にも書ける一冊の本』というタイトルを聞いたとき、もしや指南本かと思ったが。

 価格は税抜き1200円でページ数は150p弱。手にとって開いてみると…字がでかっ! 実質的には短編と言ってもいい長さである。しかし、さっさと読み終わるかと思いきや、読み進めるには意外に時間がかかった。それには理由がある。

 小さな広告制作会社を経営する「私」が会議中に、母から電話があった。入院中の父の容態が悪化し、医師からは会わせたい人は今のうちに呼ぶように言われたという。郷里の函館に飛ぶと、父は機械に繋がれて生かされている状態だった。

 「私」は、父と腹を割って話したことがなかったと述懐する。僕の父も最期は病院で看取ったが、そのときになってもっと色々話しておけばと思ったものだ。父の若い頃の話はほとんど聞いたことがない。ところが、「私」は母から原稿用紙の束を渡される。父が書き残したものだという。実は「私」には2冊の本を出した経験があった。

 「私」の父による作中作と、「私」の一人称による語りが交互に繰り返される。父の作品は飛び飛びにしか掲載(?)されていないので、少々前後が掴みにくいのが、読むのに時間がかかった理由である。掲載されていない大部分は、読者が各自で補完せよということか。掲載されている部分も、「私」が指摘する通り特別に訴える内容はない。

 むしろ、個人的に訴える点は、「私」が作家業を捨て切れていないことである。作家になるより作家を続ける方が難しい。事実、華々しいデビュー後に次作が出せない例は多い。作家になりたいという大それた夢こそなくても、小説を書いてみたいという願望がある読者は多いだろう。僕は実行に移すことなく年齢だけを重ねているのだが。

 テーマ的に、最新短編集『月の上の観覧車』に収録すべき内容かもしれないが、単行本刊行した意義がわからないことはない。 父の手記の完全版を読んでみたい。



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