岡嶋二人 02


七年目の脅迫状


2006/09/25

 岡嶋二人競馬三部作(と勝手に呼んでいます)の第二弾である。再読なのだが、綺麗さっぱり忘れていた。おかげで、初めて読むような感覚で読めたわけだが。

 中央競馬会に届いた脅迫状。「十月二日、中山第10レースの1番の馬を勝たせよ。この要求を受け入れなかった場合……」そして、二億円のサラブレッドが治療法のない伝貧(馬伝染性貧血)の犠牲になった。密命を帯びて北海道に飛ぶ、中央競馬会保安課員の八坂心太郎。七年前の伝貧流行が、事件の背景にあるらしいのだが…。

 再読していると、忘れていたつもりでもだんだん内容を思い出してくるものである。ところが、何一つ思い出さない。細部に至るまではっきり記憶しているということもないが、ここまで白紙に近い状態まで忘れているのも珍しい。自分の記憶力のなさについて弁解するわけではないが、さてなぜだろう? と読み終えて考えてみる。

 伝貧という競馬ファンでも知らない人が多いだろう病をモチーフにしながら、専門的描写は必要最低限に留める。読者の理解を促す配慮とバランス感覚は、デビュー作『焦茶色のパステル』に通じる。伝貧脅迫の背景と、生産者・競馬界・保険業界の関係。よく練り上げられ、古さを感じさせるのは主人公が電話を探すところくらいである。

 事件の方は特に文句なしなのだ。どうして印象が薄かったのだろう。理由の一つは、主人公が事件の当事者ではなく、あくまで第三者である点にあると思う。中央競馬会が脅迫されているのだから、中央競馬会職員の八坂は完全な第三者とは言えないだろうが、事件に関して何の利害関係にもないのである。言うなれば主役は事件であり、八坂ではない。

 自分がこれまで読んだ作品すべてについて調べたわけではないが、友人が巻き込まれるなどして、主人公が何らかの形で事件に関係するのがほとんどだったと思うのである。当事者だからこそ、読者は感情移入する。八坂に感情移入する場面は一つもなかった。

 と、ずいぶん批判的な見方になってしまったが、それは本作の緻密さ、完成度の高さの裏返しかもしれない。緻密さ故に、無機質な印象を受けたのかもしれない。



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