岡嶋二人 23


99%の誘拐


2006/02/27

 「人さらいの岡嶋」と異名を取るほど誘拐ものを得意とした岡嶋二人。最近、『この文庫がすごい!』2005年版の第一位になった効果で、本作『99%の誘拐』が売れに売れているという。そんな本作は、岡嶋流誘拐ものの集大成と言えるだろう。

 末期癌に冒された男が病床で息子に宛てて綴った手記には、八年前に息子を誘拐された時の記憶が書かれていた。それから十二年後、かつての事件に端を発する新たな誘拐事件が発生した。それはコンピュータによって制御された、前代未聞の犯罪だった…。

 手記の内容が第一部に当たる。技術職の僕には、男が半導体産業の黎明期を担っていたことが興味深い。実在の会社名も出てくるし。それはさて置き、ここに描かれた身代金受け渡しの方法だけでも驚きに値する。犯人の指示に振り回された末に、まんまと身代金を手放した男と、それを許した警察。だが、これは序章に過ぎないのである。

 短い第二部を挟み、第三部からが本番である。実は新たな誘拐の首謀者は読者には明らかになっており、倒叙的な展開を見せる。まず誘拐の手段からして前代未聞。哀れな兼介君は、パソコンに詳しいばかりにこんな目に…。「彼」はどうやって決着させるのか? そしてどうやって身代金を奪うのか? 読者の興味はそこに絞られる。

 『クラインの壺』では完全な未来の技術を描いていたが、本作では刊行当時の最新技術を駆使しているのが注目される。これらの技術は当然ながら古い。現在なら機器はもっと小型化されている。公衆無線LANや携帯でネット接続ができる今、音響カプラなんて使わない。若い人はラップトップのパソコンを知らないだろう。ところが本作はまったく古くない。

 なぜかというと、技術的なネタはあくまでスパイスであり、真犯人の知恵と、緻密にして周到な計画こそが読みどころだからである。東京から蔵王スキー場に至る追跡行の緊張感。どうやって捜査陣を欺くんだろうというわくわく感。決して風化することはない。

 とはいえ、現在の技術と比べると「手作り感」(?)があることも新鮮な魅力だったと思う。今ではごく普通になった技術の数々。その黎明期だったからこそ生まれた傑作だ。



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