奥田英朗 10


空中ブランコ


2004/05/10

 精神科医の伊良部を訪ねる、奇妙な病気に悩む人間たち。それぞれに切実な事情を抱えた者たちに、伊良部が施した治療とは?

 というわけで、毎度作風を読ませない奥田英朗さんの新刊は、あの『イン・ザ・プール』の続編である。ヤブ医者の伊良部と関わるうちに、結果的に患者の悩みは解消してしまう…という基本の構図は変わっていないのだが、読んでいてまったく飽きさせない。

 本作では、患者たちの症状は職業上致命的だ。例えば、高所恐怖症のとび職や血を見るのが怖い外科医を想像するといい。何とか取り繕ってきた彼らに、どうしてもごまかせない局面が迫る。その緊迫感とシチュエーションの絶妙さが読みどころ。

 表題作の「空中ブランコ」は組織に生きる者なら誰にでも訴えるものがあるだろう。「ハリネズミ」は是非的場浩司や哀川翔など大物を起用して映像化を。「ホットコーナー」を読んでU-23日本代表の平山君が心配になってしまった。「女流作家」はすべての職業作家へのエールであり、奥田さんご自身へのエールではないか。

 伊良部は治療なんぞしていないと前作の感想に書いたが、本作を読み終えてその認識は誤りだった気がしてきた。伊良部の存在そのものが特効薬であり、伊良部に振り回されることは治療の一環なのだ。かといって一緒にはいたくないが…。

 せっかく面白い作品集なのに、一つ気になるのはタイトルである。前作も本作も、収録している一編のタイトルをそのまま借りている。短編集ならよくあることとはいえ、単なる寄せ集めではないのだから、何かうまいタイトルはなかったのだろうか。奥田さんのライフワークとして長く続けてほしいシリーズだけに、文藝春秋殿には一考願いたい。

 唯一ひたすらコミカルな「義父のヅラ」は、本作にあっては浮いている気がした。



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