恩田 陸 25

ねじの回転

FEBRUARY MOMENT

2006/01/10

 近未来、人類は時間遡行装置を発明する。国連は歴史上の汚点を抹殺するべく過去に介入した。ところが、任務に成功した「聖なる暗殺者」が過去から帰還すると、奇妙な病が流行り始める。短時間に老化してしまうその病は、AIDS(Acquired Immnute Deficiency Syndrome)をもじってHIDS(Historical Immnute Deficiency Syndrome)と呼ばれた。その犠牲者がAIDSに迫るに至り、国連は歴史の再生を決断する。

 その世界規模のプロジェクトの介入ポイントに選ばれたのが、二・二六事件―日本が太平洋戦争へと突き進む契機となったとされる―である。タイムスリップものかつ二・二六事件といえば、日本SF大賞も受賞した宮部みゆきさんの『蒲生邸事件』が思い浮かぶが、本作の方がはるかにSFのスピリットを感じる。それでいて、一般読者も苦なく読めるのだ。

 二・二六事件に深く関わった三人の軍人がその使命を負うのだが、驚いたことに全員実在の人物である。彼らだけではない。襲撃を受けた内閣総理大臣岡田啓介、大蔵大臣高橋是清、侍従長鈴木貫太郎など実在の人物が多数登場する。何と野心的ではないか。

 三人のうちの二人、安藤輝三大尉と栗原安秀中尉は、一度は叛乱軍として処刑された身。その彼らに、もう一度屈辱を強いるのだから酷な使命だ。ならば、叛乱軍の汚名をそそぐべく歴史を変えたくなるのは人情というもの。史実との不一致があれば、再生は中断される。では、何をもって不一致なのか? どこまでなら不一致にならないのか?

 一方、外側から歴史の再生をモニターする国連の面々。彼らを動かすのは使命感だけではない。好奇心。そう、時間遡行技術という禁断の発明を前にして、好奇心に抗える者がいるだろうか。続出するトラブルさえも、やはり好奇心の対象なのだ。

 「確定」を目前にして明かされる、もう一つの構図と、戦後日本を大きく左右する思惑。なるほど、あれはこういうことか。ううむ、あるプロジェクトメンバーの決断により、現在の経済大国日本があったとは露知らず。もっとも、二極化が進む今の日本は正しいのだろうか。それは歴史のみぞ知る。改めて、恩田陸というストーリーテラーに感服した一作だ。

 皮肉とも受け取れるこの結末。そう、歴史は自己を修復する。いくら足掻こうとも。



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