恩田 陸 41 | ||
蒲公英草紙 |
常野物語 |
多彩な作風だけに、シリーズ作品をほとんど書いていない恩田陸さんだが、この度ファンが最も続編を望んでいたであろう作品が刊行された。前作『光の帝国』から8年。常野一族の物語が、長編で読める日が来るなんて。
時代は「文明開化の音がする」ころだろうか。宮城県南部の農村地帯に、古くから続く名家槙村家があった。槙村家のかかりつけの医院の娘である峰子は、生まれつき病弱な槙村家の末娘聡子の話相手になるように頼まれる。聡明な聡子に惹かれていく峰子。そんなある日、槙村家を訪ねてきた一家四人。彼らは「常野」だった。
僕自身、農村地帯と言っていい田舎に育ったので、ここに描かれた色鮮やかな田園風景には懐かしさを覚える。当時は当たり前だった風景。だからこそ懐かしい。恩田陸という作家は、思い出や青春の一頁を写真のように切り取ってみせるのが実にうまい。
ところが、思い出を美しいままにはせず、残酷なまでに壊してしまうのも恩田陸という作家。峰子と聡子、槙村家の人々、常野の人々、村の人々との交流。終盤まで輝くような時間を描いておきながら、この結末。聡子の言葉をこんな形で証明するのか。
一体常野の一族は何をしていたんだと、読み終えて思ったのは僕だけではあるまい。常野の一族の力で、違う結末にはできなかったのか。かつてのように。というのは酷なのかな。そもそも、本作は峰子の一人称で語られる峰子と聡子の交流の物語である。そこに常野の一族が絡む必然性があるかどうか。いくら表には出ないとはいえ。
また謎だけ残して去っていったというのが正直な感想である。本作は長編として完結はしているが、壮大な叙事詩のほんの一部という点では『光の帝国』に収録の作品群と変わらない。当然、読者はさらなる続編を期待するだろう。常野物語をライフワークとして書き続けることは、作家としての恩田陸の義務だ。
時代が大きく飛ぶエピローグ。本作では省かれた時代を、常野一族はいかに生きたか。