乙一 08


暗いところで待ち合わせ


2002/04/30

 乙一氏の新刊は『死にぞこないの青』に続いて幻冬舎文庫書き下ろしである。タイトルが二転三転したらしい本作は、あとがきによると『死にぞこないの青』では使わなかったネタを元にしたようだ。

 視力を失い、一人静かに暮らすミチル。駅のホームで起きた殺人事件の犯人として追われるアキヒロが、ミチルの家に転がり込んできた。居間の隅でじっとうずくまるアキヒロと、他人の気配を敏感に察知するミチルの奇妙な同棲生活が始まった。

 視力障害者の家に、殺人事件の容疑者が侵入するというシチュエーションが凄い。設定だけ読んだら悪質な住居不法侵入じゃないか。果たして乙一氏がどのように料理するのかと思ったら、意外や意外、ぐっとくる物語に仕上がっている。

 ミチルにとって、外の世界は闇だが、家の中は闇のようで闇ではない。視力が正常な人の感覚ではどちらもただ単に闇だが、ミチルにとって前者の闇は恐怖の対象であり、後者の闇は安らぎの象徴である。友人は外へ誘う。しかし踏み出せない。苛立つ友。殻に閉じこもるミチル。

 一方、人付き合いの苦手なアキヒロにとって、人の群れは闇に等しい。当たり前に笑い合えない。当たり前に溶け込めない。それ故に事件に巻き込まれてしまった。

 シチュエーションがシチュエーションだけに、ロマンチックと言ってしまうには苦しいのだが、ミチルが直面したある危機にアキヒロが手を差し伸べるシーンはなかなかに泣かせてくれる。殺人事件の謎解きもきちんとあるが、やはりミチルとアキヒロの交流が読みどころ。正直、こういう展開になるとはまったく読めなかったなあ。

 視力に障害がなくても、誰だって一人で過ごすのは何かと気楽だ。他人との付き合いは時に煩わしい。それでも、人は一人では生きられない。



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