乙一 14


銃とチョコレート


2006/06/11

 あの奇妙な日記を著作とカウントすれば、約2年ぶりの新刊である。小説の新刊としては、『ZOO』以来実に約3年ぶりだ。『失はれる物語』は再編集版であったので、そのように言って差し支えないだろう。映像に興味が移ったような発言を耳にしていたのだが、どうやら筆を折ってはいないことが確認された。めでたいことである。

 ミステリーランドという枠組の中で、乙一氏はどんな世界を展開するのか。興味津々で手に取った。はたして、乙一氏は相変わらず食えない作家であった。言うなれば、『ZOO』で見せた多様なテイストを、ごった煮にしたような。

 移民を父に持つ少年リンツが住む国で、富豪の家から金貨や宝石が盗まれる事件が多発。現場に残されていた【GODIVA】の文字から、国民の間では怪盗ゴディバという名で通っていた。その怪盗を追う探偵ロイズは、子どもたちのヒーローだ。

 ある日、父の形見の聖書から古びた手書きの地図を見つけたリンツ。この地図を元に、リンツと探偵ロイズの大冒険が始まる!…などという素直な話を乙一氏が書くわけがない。大人っていうのはずるいのだ。世の中、要領のいい奴が得をするのだ。世の中、悪意と偏見に満ちているのだ。本作が突きつけるのはそんな厳然たる事実。うわーん。

 ところがどっこい、昨日の敵は今日の友。世の中捨てたものじゃないよねえ。随所に毒を振りまきつつも、激しく攻守が、敵味方が入れ替わるドタバタぶりに重さは感じない。こういう絶妙なバランス感覚は、天然作家乙一氏のなせる業。

 で、何だかきれいにまとまっているし。乙一氏だけに素直には受け取れん。騙されているんだ、そうに違いない。でも、読み終わると何だかほんわかした気分なんだよなあ。それにしてもリンツ少年、あんな仕打ちを受けたのに人がよすぎ。冒険というのは不思議な絆が生まれるものなのかしらん。母子で平穏に暮らしてくれ。

 いつもふざけているあとがきは、今回もやっぱりふざけていた。最後の最後まで「らしい」一冊である。即座に買うから次回作はすぐ出しなさい。



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