Overseas Sir Arthur Conan Doyle

四人の署名

The Sign of Four

2006/06/26

 第二長編である本作は、いきなりシャーロック・ホームズがワトスンの目の前でコカインを注射するシーンから始まるのでどきりとさせられる。ワトスンは、長い年月をかけてこの悪癖をやめさせたそうだが、このように発表してしまっていいんかい…。

 本作は、『緋色の研究』のように明確に第一部、第二部に分けられているわけではないが、犯人が捕えられた後に、動機に至る過去が語られるという点は同じである。しかし、『緋色の研究』では過去のエピソードがほぼ半分を占めていたが、本作では四分の一程度であり、シャーロック・ホームズの活躍がメインの作品にはなっている。

 シャーロック・ホームズ・シリーズに限らず、古典作品には現在の基準では不適と思われる差別的表現がしばしば見受けられる。事件の鍵を握るある人物の描写が、特に顕著である。当時最も権威ある辞書の描写だよこれが。こうした描写が、おどろおどろしさや不気味さを醸し出し、本作を盛り上げるのに一役買っているのも事実なのだが。

 近年まで植民地政策を続けた英国だけに、犯人が語るインドでのエピソードは、当時の読者には生々しく感じられたに違いない。なるほど、彼が語るのは"Strange Story"である。でも要するに、お宝に目がくらんだ人たちの騙し合いなわけで…。

 ワトスン以外にシャーロック・ホームズが唯一パートナーと認めたと思われる、老犬トービイとの追跡行。『緋色の研究』にも登場した少年たち、ベーカー街遊撃隊の活躍。テムズ川を舞台に、カーチェイスならぬシップチェイスを繰り広げるクライマックスなど、読みどころは多い。そしてワトスンは、人生の大きな転機を迎えるのだった。

 正直、傑作とまでは思わない。しかし、アメリカの「リピンコット」誌の編集者が『緋色の研究』に注目していなければ、第二作『四人の署名』は書かれなかった。そして、「ストランド・マガジン」の編集者ジョージ・ニウンズが『四人の署名』に注目していなければ、その後のシャーロック・ホームズの活躍はなかったのだ。



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