Overseas Sir Arthur Conan Doyle

恐怖の谷

The Valley of Fear

2006/07/09

 第四長編である本作は、1914年9月から1915年5月まで「ストランド・マガジン」に連載された。かのジョン・ディクスン・カーが、ドイルの長編中ベストに推したという。モリアーティ教授の名が出てくることから、「最後の事件」(『回想』収録)より前に起きた事件らしい。

 第一部で事件発生から解決までを描き、第二部が動機に繋がる過去を描くという、シリーズ第一作『緋色の研究』と同じ構成である。しかし、本作の方が第二部の独立性がはるかに強く、一つの作品として完結している。それがいいか悪いかは別として。

 開拓時代のアメリカに「恐怖の谷」と呼ばれる土地があった。そこは秘密結社が跳梁する無法地帯。そんな「恐怖の谷」を舞台にした第二部は、悪漢小説であり、またミステリーの形式としても極めて先駆的と言える。今読んでもよくできている。しかし、シャーロック・ホームズもワトスンも登場しない第二部を、連載当時読者はどう感じたのだろう。

 一方、肝心の第一部の事件。シャーロック・ホームズが手際よく暗号文を解いたら警告文となる。そこへ警察が駆け込んできて、まさに警告文通りの殺人が起きたことを告げる、という掴みまでは文句なし。警察も怒り出すほど、焦らしに焦らすホームズ。このとぼけぶりがファンには堪らない。しかし、すべては計算ずく。シリーズ中でも本格色が強い。

 …のだが、やっぱり長編ネタとは言い難い。頑張って長くしたけれど、まだ足りないから過去の話をくっつけました、という『緋色の研究』と同じような印象を受ける。第二部の独立性が強すぎるだけに、まとめ方も強引に感じられる。何より、後味が大変に悪い。

 小説として決して出来が悪いとは思わないが、ホームズの冒険譚の一つとして読むと、個人的にランクを下げざるを得ない。長編としてはこれが最後となったが、ドイルは短編はもうしばらく書き続けることになるのだった。そりゃそうだろう。読者が読みたかったのは、シャーロック・ホームズとワトスンの活躍なのだから。



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