坂木 司 01


青空の卵


2006/10/28

 北村薫さんの「円紫師匠と私」シリーズ、特に『夜の蝉』を読んでいて、自分がどうしようもなく汚れた存在であるような居心地の悪さを感じたものだ。ところが、北村作品をはるかに上回る作品に出会うとは。ここまで自分の醜さを突き付けられると、快感でさえある。

 坂木司という作家の評判は僕も聞いていた。覆面作家ながら「TRICK+TRAP」で行われたサイン会には、多数のファンが詰めかけたという。東京創元社にしては短期間にシリーズ3作が文庫化されたことからも、力の入れようがうかがえるというもの。

 自称ひきこもりの鳥井真一と、その友人坂木司。坂木は少しでも外の世界に連れ出そうと、甲斐甲斐しく鳥井のマンションに通う。二人の関係はにわかには理解しがたい。友情以上のもの、はっきり言えばやおいの雰囲気を感じたのは僕だけではあるまい。

 夏、秋、冬、春と季節は巡り、鳥井と坂木は成長していく。どうやら、30年以上生きてきた僕は、この間の彼らの成長に及ばないようである。女性に対して性的な目線を向けることはある。目の不自由な人を見かけてもせいぜい道を空けるだけ。そんな自分だから、「夏」における真犯人を責められないし、「秋」におけるある二人の関係は理解できない。

 そんな自分だから、「冬」における奇妙な贈り物の共通点にはほほうと唸ったけれど、一方でできすぎだろうと思う。本作のクライマックスであり、鳥井の個人事情がクローズアップされる「春」は、もっとできすぎだろうと思う。登場人物がどんどん増えていき、しかもできた人間ばかりなのには辟易してしまう。これだけ趣向を凝らした作品を前にして。

 坂木は言う。自分は鳥井に依存している、離れていくのを恐れていると。高校まで一緒だった幼なじみを思い出す。小学生時代、彼は自分にとって唯一無二の存在だったが、顔の広い彼には多くの友人がいた。僕は彼を親友だと思っていたが、彼にとって僕はどんな存在だったのだろう。今から思えば、僕は彼に依存していたのだ。

 有り体に言ってしまえば「日常の謎」系なのだろうが、これほど居住いを正される「日常の謎」系もあるまい。人気の理由もわかるし、戸惑う理由もわかる、そんな作品だ。この後、シリーズは『仔羊の巣』『動物園の鳥』と続く。付き合ってみるか。



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