坂木 司 11 | ||
和菓子のアン |
昨年は新刊が出なかった坂木司さん。黒坂木と称された前作『短劇』から一転、1年4ヵ月ぶりの新刊は、本来の坂木作品の作風に戻っている。
今回のテーマは和菓子。高校卒業後も進路を決められずにいた主人公の杏子は、一念発起してデパ地下の和菓子店「みつ屋」でアルバイトを始めることにした。すると、そこには椿店長を始め、個性的な店員が揃っていたのだった。
どちらかといえば、洋菓子と比較して和菓子は地味な存在だろう。洋菓子職人がパティシエなどと持て囃される時代である。しかし、本作は和菓子というのは実は奥が深いことを教えてくれる。和菓子、洋菓子問わず、甘いもの好きで節操がない僕は、職人が込めた思いなど知らずに食べてしまうのだが…。少しは味わえ自分。
アルバイトとはいえ、ただ売ればいいというものではない。客に問われれば、材料のみならず、季節の菓子が意図したテーマも答えなければならない。現実には、さっさと包めというせっかちな客の方が多数派に違いないが(僕を含めて)。個性的店員たちの下で知識を吸収し、接客を学び、杏子はみつ屋の戦力として成長していく。
杏子がコンプレックスを抱えていることが1つのポイントと言える。今の世の中、自分に自信が持てない人は多いだろう。杏子もそんな1人だが、立派に働き、進むべき道を見つけようとしている。坂木作品のお約束として、人間関係に恵まれすぎているけれども。本作は、コンプレックスに悩む若者たちに送る、坂木司からのエールだ。
杏子の同僚たちがどう個性的なのかは触れずにおこう。彼だけは頭が痛くなってしまった…。謎の部分だが、本作に描かれる和菓子の濃厚な味と比較すると、薄味なのは否定できない。個人の事情に立ち入りすぎなのもちょっと気になる。そんな中、「甘露家」はとても考えさせられる1編だ。残念ながら、みつ屋のような店ばかりではない。
洋菓子だけでなく、たまには和菓子をお土産にしてはどうですか。