瀬名秀明 02


BRAIN VALLEY


2001/01/08

 本作の冒頭に、"Decade of the Brain,1990-1999"と題された英文が掲載されている。1990年7月17日。当時のアメリカ合衆国大統領、ジョージ・ブッシュによる「脳の一〇年」宣言の原文である。

 一大センセーションを巻き起こしたデビュー作『パラサイト・イヴ』に続く第二作は、上下巻で刊行された大作だ。途中で挫折した人が多かったと聞く。実際、僕の友人は挫折した。僕は何とか読み通したのだが、文庫化されたのを機に再読してみた。

 本作の舞台となるのは、最新鋭の設備と選りすぐりの頭脳が集まった脳の総合研究施設、ブレインテックである。脳研究に従事する者にとって垂涎の環境であろうこの巨大施設に赴任してきた、孝岡護弘。彼はほどなく、オメガ・プロジェクトなる謎の計画に巻き込まれていく。

 とにかく上巻が鬼門だろう。ほぼ丸ごと、脳と脳研究の歴史の解説に終始している。『パラサイト・イヴ』どころじゃない専門用語の大洪水。そこにアブダクション(宇宙人による誘拐)やら臨死体験やらのキーワードが出てくるものだから、さらに読者は混乱を来たす。そこを騙し騙し突破すると、下巻に入って物語は大きく動き出す。

 本作には科学ロマンという側面もあるのだが、僕はホラーとして読んだ。知の追究のためには手段を選ばない人間たち。真摯な研究者たちに有無を言わさず、人体実験すら厭わぬオメガ・プロジェクト。一方で、脳研究に従事する者のもどかしさもよくわかる。素人なりに、動物実験だけでは大幅なブレイクスルーは望めないだろうとは思うが、倫理という壁はあまりにも厚い。清濁あわせ飲んでこその研究者なのか。科学の、研究者の表と裏が垣間見える。

 真の黒幕たる人物の真意がわからないまま、物語は終わってしまう。誤解を恐れずに言わせてもらおう。まさに、天上天下唯我独尊。気が付けば「脳の一〇年」は終結し、既に21世紀。今後脳研究はどこへ行く? そして瀬名秀明はどこへ行く? 俺はついて行くぜ! と言いたいところだが、ついて行けるだろうか…。

 ブレインテックが開発した脳の教育ソフトがあったら、より理解が深まっただろうに。僕には到底簡潔にまとめられそうもないので、読んで味わってほしい。



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