真保裕一 15


夢の工房


2001/12/03

 真保裕一さんの初のエッセイ集に冠された『夢の工房』というタイトルは、偽札作りをテーマにした傑作『奪取』の連載時のタイトルでもある。僕も含めた読者が、いかに真保裕一という作家を誤解していたかを思い知らされる。

 誤解の最たる例が、真保さんの「取材力」についてだろう。よく調べましたね。よくぞ書いてくれました。苦労されたでしょう? 取材のノウハウをまとめた本を作りましょうと言ってきた編集者までいたそうである(個人的には読みたいぞ)。真保さんは当然のことをしただけだと言い切る。肝心の物語に注目してもらえない、このもどかしさ。

 当然ながら、メディアや批評家に対する批判的記述も多い。ある意味では危険をはらんでいる。客商売である以上、取り上げてくれる相手へのリップサービスはやむを得ない。しかし、愛すべき自著への誤解に黙ってはいられない男がここにいる。

 作品は作家の手を離れれば読者のものであり、あらゆる評価は甘受すべきであるという意見もある。だからと言って、一方的な批評を浴びせるのもいかがなものか。作家にも反論の機会を与えて然るべきと思うし、それでこそ双方が磨かれるのではないか。

 作家デビュー前の真保さんがアニメーションの世界で働いていたのは有名な話だが、その詳細が語られたことはなかったと思う。この頃に患った持病のために、今でも食事療法を続けているというのは初耳だった。団体作業の限界を感じ、すべて思い通りにできる作家業を志した真保さんだが、今度は全責任を一人で負うことになる。作家は孤独だ…。

 嬉しいことに書き下ろしの短編が収録されている。真保さんとしては異例の本格物であり、またユーモアタッチであるのが注目される。社会派などと安易に評されがちな真保さんが、長編の本格ミステリーを書いたらどんな作品ができるのだろう。

 何もネタばらしをせいとは言わない。もっと自己を語る作家がいてもいい。もっと自著への愛を表明する作家がいてもいい。



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