真保裕一 16


ダイスをころがせ!


2002/02/04

 本作の刊行とタイミングを合わせるかのように、民主党の大橋巨泉参議院議員辞職のニュースが飛び込んできた。辞職に至った経緯やその是非はともかく、一つはっきり言えることがある。たった一人の議員にできることなど高が知れている。今回の件は、そんな印象を我々日本人に強く与えてしまった。

 真保さんの最新作は、元新聞記者である無名の候補天知達彦が、地元に帰って衆院選に出馬するという物語である。彼の片腕を務めるのは、かつての親友にしてライバルの駒井健一郎。失業中だった健一郎に、達彦は協力を依頼する。

 気は確かか? 健一郎じゃなくてもそう思うだろう。無所属の新人には知名度もなければ地盤もない。何よりも先立つもの―金がない。それでも達彦は政治を熱く語る。それでいいのか? なぜ無関心でいられる? やがてその熱にほだされる健一郎。

 選挙という一見お堅いテーマだけに、敬遠する人もいるかもしれないが、作風は実に軽快。『奪取』のような作風を想像してもらえばいいだろう。偽札作りと選挙。情熱を傾ける対象こそ正反対だが、思いの熱さは同じ。心強い仲間が一人また一人と増えていく。悪質な妨害行為は、むしろ仲間の結束を一層強める。愛憎劇が絡むのはご愛嬌。

 素人集団である達彦陣営と同様、読者も読み進めながら選挙のいろはを吸収していく点は見逃せない。同時に、現行選挙制度の歪みがあぶり出される。国会議員の役目は国政を担うことであり、地元の問題は地元自治体で解決すべきである。達彦の弁は正論だ。だが、当選に必要なのは結局は地元での支持というジレンマ。

 本作を読み終えて僕は思う。たったの一票で日本は変わらないという有権者の心理は、一人の社員の力で会社は変わらないという大企業の社員の心理に似ている。政治も企業も、構造改革の四文字ばかりが一人歩きしている昨今に、本作は一石を投じるだろうか。まずはダイスをころがすこと。実際にはそれが難しいのだが。

 34歳にして青春真っ只中の仲間たちに、幸あれ。



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