真保裕一 22 | ||
灰色の北壁 |
紀行エッセイ集『クレタ、神々の山へ』で、代表作『ホワイトアウト』の呪縛を吐露した真保裕一さん。その代表作に続く10年ぶりの山岳ミステリーとの触れ込みで、新刊が届けられた。毎度ではあるが、まず真保さんの言葉を引用しておきたい。
とうとう真保裕一も、二匹目のドジョウを狙いにきたか。そう早合点しないでいただきたい。(中略)それでも真保裕一は、この『灰色の北壁』を書かないわけにはいかなかったのである。なぜなら、山への恩があるからだ。
近年、ひいき目に見ても真保さんはヒット作に恵まれているとは言えない。だから、うがった見方をする読者がいても無理はないのかもしれない。だが、それを承知で真保さんは本作を送り出した。山への恩とは、代表作『ホワイトアウト』をものにした恩。
個人的一押しは、最初の「黒部の羆」。山を愛する男の志が受け継がれていく場面を、心憎い演出で切り取って見せた一編だ。下手に用いれば小手先に陥りがちなミステリー的技法も、ここまで鮮やかなラストシーンに昇華する。
表題作「灰色の北壁」。これは作中に挿入されたノンフィクションのタイトルでもある。白でも黒でもない、灰色とは疑惑の色。だが、内容は山に対して誠実であろうとする男たちの物語だ。真実は山だけが知っている。山だけが目撃者。
「雪の慰霊碑」。固い決意を秘めて山に入った中年の男。簡単に言ってしまうと山を舞台にした再生の物語だ。山に抱かれると人は心を開くのか。しかし、男の甥の役回りがあまりにも気の毒では。いくら山男だからってお人好しな…。
『ホワイトアウト』から10年、などと帯にまで書かれているのは宣伝戦略の一環なのだろうが、実際のところタイプがまったく異なる作品集である。今でも『ホワイトアウト』が代表作と考えている読者にこそ手に取ってほしい作品集だ。