真保裕一 31


天魔ゆく空


2011/04/22

 真保裕一さんの新刊は『覇王の番人』以来となる時代物である。今回のテーマは室町時代。ぶっちゃけた話、時代物のテーマとしてはかなりマイナーだろう。NHK大河ドラマで扱われたのは『花の乱』のみか。馴染みのなさから視聴率は振るわなかった。

 応仁の乱後の混迷期にのし上がった細川政元という武将の名を、僕は知らなかった。山名の血を引く政元は、幼名聡明丸を名乗っていた頃、母ともども細川家中で疎んじられる存在だった。それ故に、聡明丸は文字通り聡明だった。聡明すぎて薄ら寒いほどに。

 大人顔負けの計算高さで、勝之との家督争いを制した聡明丸は、政元と改名する。この先は政元の独壇場である。不透明な時代にあって先を読む慧眼。遂には将軍義材(よしき)を廃して事実上の最高権力者となり、「半将軍」とまで呼ばれるのである。鎌倉時代に執権として実権を握った北条氏が思い浮かぶが、政元とは格が違う。

 簡単に述べると、本作は政元が知略の限りを尽くす話である。時代物というより、永田町の権力争いでも読んでいるようだ(今の永田町にあれほどの切れ者はいないが…)。おそらく、本作の登場人物で最も知名度が高いのは、どの武将でもなく「悪女」日野富子だろう。しかし、政元は日野富子でさえ手玉にとって利用するのである。

 本作に描かれた政元の印象は、とにかく人間味がない。側近どころか姉にも仮面の下の本心を語らないのだから、感情移入できるはずもない。苛立ちを隠さない日野富子や将軍たちの方が、ずっと人間臭くて親近感が湧く。常に俯瞰し、人の器を試し、しかし心は許さない政元。こんな上司の下で働くのは勘弁願いたい。

 それだけに、終盤の体たらくは何だこりゃ。急に「変人」として描かれ、読者は戸惑うだろう。天魔と恐れられた政元自身が、天魔に魅入られたのか。帯には「もう一人の信長」と書かれているが、共通しているのは比叡山を焼き討ちしたことと最後は家臣に討たれたことくらいではないか。知略だけなら細川政元の方が上かもしれないが。

 なお、政元によって将軍の座を追われた10代将軍足利義材は、政元の死後に返り咲き、足利義稙(よしたね)と改名している。しかし、結局細川家と対立して出奔し、亡命先の阿波で死去するのだった。何てわかりにくいんだ室町時代…。



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