鈴木光司 03


光射す海


2000/11/09

 どうも『リング』シリーズに対してはコメントが辛くなってしまう。だからというわけでもないが、今回もあまり知られていない作品を紹介したい。

 かつて恋人だった男女。女は入水自殺を図り、一命を取り留めたものの現在は精神病院に入院していた。彼女は、記憶を失っていた。そして男は、遠洋マグロ漁船の船上にいた。二人の間に何があったのか?

 本作のテーマを一つ挙げるとすれば、「偶然」あるいは「確率」だろう。二人の運命を支配する、「偶然」とは? 二人の物語が異なる舞台で展開する。

 彼女を支配する運命はあまりにも酷だ。裏表紙にも書いてあるから書いてしまおう。彼女の運命を握っていたのは遺伝子である。もちろん、こんな遺伝性の病気があることを僕は知らなかった。その克明な描写には、寒気を覚えずにはいられない。彼女じゃなくても、こんな審判を待つような運命にはとても耐えられないに違いない。

 一方の船上の男。『光射す海』のタイトル通り、海の描写が圧倒的にいい。一度出航すれば、見渡す限り水平線という生活が延々と続く。血気盛んな海の男たちの様々な衝突。彼女の運命に目を背けた男が、違う運命に見舞われるこの皮肉。極限状態の中、自分もまた「偶然」に支配されている事実を突きつけられる。

 二つのドラマの結末は申し分ない。しかし、せっかくの盛り上がりを台無しにしてしまった人物がいる。彼女が入院していた松居病院の副院長、望月俊孝。彼は本作中で重要な役割を担っているのだが、最後の最後で大きく株を下げた。都合のいい言い訳をするんじゃないよ。

 まあ、それを差し引いても読み応えは十分だ。もっとこういう路線で攻めてほしいね。



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