辻村深月 16 | ||
水底フェスタ |
著者を明かされずに本作を読んだら、道尾秀介さんの作品だと思ったかもしれない。ただし、まだミステリーに軸足を置いていた『龍神の雨』辺りまでの。嫌な展開が待ち受けているのがわかっているのに、ページをめくるのがやめられない、あの頃の。
舞台は織物とロックの村、睦ッ代村。主人公の湧谷広海は高校生で村長の息子。狭い田舎で日常に倦んでいる広海にとって、この村で毎年開催される全国的にも知られたロックフェス、通称ムツシロックは一大イベントだった。そこで彼女を見かけた。
織場由貴美は村を母親を捨て、東京でモデルとなっていたが、突然帰郷し広海に接近してきた。村への復讐に手を貸してほしいという。由貴美の魅力に溺れる広海。
村おこしにロックフェスを誘致するという発想は珍しい。広海は、自分ともう1人だけがこのイベントの価値がわかる人間だと自認していた。周りとの違いを強調したがる、思春期特有の優越感。もう1人とは誰なのかは触れずにおこう。
僕が読んだ辻村作品はまだまだ少ないが、辻村深月さんはティーンエイジャーの心理描写がうまい作家だと認識している。その点は本作でも然りだが、一方で大人の世界のルールを描き、広海に突きつけている点に大きな特徴があるように思う。
由貴美が明かした話を、最初は信じられなかった広海。村を出たがっているとはいえ、故郷の暗部を認めたくないのが人情。しかし、広海自身が決定的証拠を見つけてしまう。 そして、2人は取り返しがつかない事態に陥った。
この先はおいおいちょっと待てと言いたくなるが…大人たちは2人を懐柔しようとする。広海は自分が村のシステムの一部である事実に絶望する。ここまで極端ではないにしろ、小さな自治体に利権はつきもの。せめて広海にできることは…。
考えてみれば、大人社会に戦いを挑むという構図も青春小説の王道だよなあ。しかし、本作を青春小説と呼んでしまうにはあまりに相手は強大。広海が最後にとった行動が、果たしてどんな結果を生むのだろう。もちろん村は全力で潰しにかかるだろうが。