若竹七海 16


依頼人は死んだ


2005/12/22

 帯によると―わたしはもうすぐ二十九になる。無能とまでは思わないが、有能というほどでもない。不細工とは思わないが、平凡な容貌だ。セールスポイントは貧乏を楽しめること。口が固いこと。体力があること。百人いれば、そのうちの三十人くらいにあてはまりそうな売り文句だ―という女探偵、葉村晶。世間を見る目もクールなら、自己分析も至ってクール。

 職を転々としてきた葉村だったが、珍しく三年務めた前の職場から契約探偵になることを打診される。安定した身分は性に合わない。しかし、ハードボイルドを気取っていても背に腹は代えられない。この主人公にしてぐっとくるような話は望むべくもない。

 「濃紺の悪魔」で凄まじい家族事情をさらっと語る葉村。前作に当たる『プレゼント』で詳しく語られるのでここでは触れない。売り出し中の女性実業家(?)松島詩織の警護を依頼されるが、嫌がらせに次ぐ嫌がらせの末の結末は…へ??? ぽかん。

 一編目から先が思いやられると思ったら、一気に惹き込まれる。念願の詩集を出版した詩人が自殺し、婚約者に調査を依頼される「詩人の死」。ドアの向こうの現実とは…。「たぶん、暑かったから」としか言いようがない、現実の事件を切り取るような結末。芸術のためなら女房も泣かすか「鉄格子の女」。やや変化球的、「アヴェ・マリア」は見ていた。

 「依頼人は死んだ」が調査は続ける表題作。最後の一文にひざを打つ。有名人にもいるよなあ。「女探偵の夏休み」は平穏に過ぎていった、たぶん…。そう、「わたしの調査に手加減はない」のだ。ただほど高いものはないと言うではないか。「濃紺の悪魔」の謎が解けたような解けないような、ホラータッチの「都合のいい地獄」にぞくりとする。

 ここに描かれるのは、人間の悪意の数々。それらをシニカルかつクールに剥き出しにする葉村。それでも不思議と読後感が重くない。一編一編の濃さが短編に収めるにはもったいない、ある意味贅沢な作品集である。何より、文章の切れが堪らなくかっこいい。

 文庫のカバーに描かれているのは表題作の葬式の様子だが、内容といい、杉田比呂美さん(東野圭吾さんと『サンタのおばさん』を手がけた)の画風とはあまりにも対照的。このセンスがまた何とも…。このシリーズのカバー画は、すべて杉田比呂美さんである。



若竹七海著作リストに戻る