柳 広司 06

パルテノン

アクロポリスを巡る三つの物語

2010/11/02

 歴史や実在の人物を好んで取り上げる柳広司さんだが、それ故に『聖フランシスコ・ザビエルの首』のように入り込めなかった作品もある。日本史ならまだ身近に感じられるが、世界史となるとからきし疎い。ましてや紀元前のことなどお手上げである。

 ところが、紀元前5世紀の古代ギリシアを舞台にした本作を読んで、僕の認識は一変した。帯では歴史ミステリーと謳っているが、純粋に歴史ロマンとして、小説として面白い。日本の時代小説のように感情移入できるし、すっと物語に入っていける。

 「巫女(ピテュイア)」。デルポイの老巫女アリストニケが告げる神託は、強い影響力を持っていた。しかし、そんなアリストニケの実態とは…。何が神託なものか。老巫女のあまりの俗っぽさに苦笑させられる。昔も今も、言葉って難しいよねえ。

 第5回創元推理短編賞の最終候補作だったという「テミストクレス案」。ペルシア軍撃破の立役者、テミストクレス。だが、英雄の真の顔は? 法廷で、同じ人物がテミストクレスの弁護と告発を行う、異例の展開。古代ギリシアで法廷サスペンスとは恐れ入った。結局、第5回創元推理短編賞は該当作なし。短編ネタにはもったいなかったか。

 本作の6割以上を占める表題作「パルテノン」。少数の指導者による統治を唱える「寡頭派」と「民主派」がせめぎ合う、当時のアテナイ。民主派の政治家ペリクレスは、民衆の支持を得るため一計を案じ、彫刻家のフェイディアスにある依頼をする。

 滅私奉公を厭わない政治家の鑑ペリクレスと、腕は確かだが怠惰で少年愛に耽るフェイディアス。前半では、幼なじみだが対照的な2人が、一大事業を成し遂げていく。その「姿」が現存していないのが心から惜しまれる。ところが、寡頭派も黙ってはいない。民衆の流されやすさは現代社会とまったく同じ。言いがかりのような訴えで法廷に引きずり出される2人。さらにはスパルタとの戦争に疫病の流行。次々と困難が襲いかかる。

 それぞれに信念を貫いた、アリストニケ、テミストクレス、そしてペリクレスとフェイディアス。もちろん、本作には史実と創作が入り混じっているだろうし、異論がある人もいるだろう。だが、はるか遠い過去の物語に、ここまで惹き込まれたことはない。



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