柳 広司 08


吾輩はシャーロック・ホームズである


2010/01/16

 『ジョーカー・ゲーム』シリーズの評判が高く、気になる作家の1人であった柳広司さん。とうとう手を出したきっかけは、本作のタイトルにある。『吾輩はシャーロック・ホームズである』??? 書店でこのタイトルに目が吸い寄せられたのが運のつき。シャーロック・ホームズのパスティーシュとなれば、気にならないわけがない。

 ロンドン留学中に心を病んだ夏目漱石が、ベーカー街221Bのワトスンの下へ託される。漱石は自分をシャーロック・ホームズだと思い込んでいた。本物のホームズが留守の間、奇妙な共同生活を送ることになったのだが…。

 柳広司さんは、歴史上の人物を好んで取り上げ、評伝にとらわれずにアレンジするらしい。架空の名探偵シャーロック・ホームズの世界に、文豪夏目漱石を登場させるとは。確かに漱石はロンドン留学の経験があり、心を病んでいたというが。

 ヨーロッパで最も有名な霊媒師の降霊会に参加した、漱石とワトスン。暗闇の中で霊媒師は殺害され、原典でもお馴染みのレストレード警部が駆けつける。何度もホームズに助けられたレストレードだが、すっかりなりきって捜査している漱石に唖然…。

 トリックという1点に着目してしまうと実に他愛ないし、そうした読み方はもったいない。本作の読みどころは、漱石のなりきりぶりにある。この尊大な口調といい、ホームズそのものだ。自信たっぷりな推理が的を外す以外は…。ワトスンとのやり取りといい、全体の雰囲気といい、柳広司さんが原典を実によく研究しているのがうかがえる。

 本作は、原典の短編56編の中で最初に発表された1編「ボヘミアの醜聞(A Scandal in Bohemia)」の続編になっているという点でも興味深い。シャーロック・ホームズにとって忘れ難いであろうこの事件と、当時の時代背景を融合させ、このような物語を生み出すとは。最低限、第1短編集『冒険』だけは読んでおきたい。楽しみ方が大きく広がる。

 かくいう僕は、文豪夏目漱石の作品を1作も読んだことがないのだった。本作の他に、夏目漱石は『贋作「坊ちゃん」殺人事件』、『漱石先生の事件簿』でも取り上げられている。柳さん、漱石のことも勉強した方がいいですかね。



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