横山秀夫 12 | ||
出口のない海 |
本作の原版は、1996年にマガジン・ノベルス・ドキュメントとして刊行された。イラストを担当した三枝義浩さんは、実話に基づいたドキュメント・コミック・シリーズを週刊少年マガジン誌上で不定期に発表していた方である。当然現在では絶版だが、この度全面改稿の上刊行されることになった。
本作は、人間魚雷「回天」に搭乗した若者たちの物語だ。「回天」とは、脱出装置を持たない海の特攻兵器。死を義務付けられた搭乗員。
読み終えた第一印象は、ああやはり横山作品は横山作品なのだということである。警察小説だの戦記小説だの、ジャンルやテーマは関係ない。戦争ものということで少々構えて読み始めたが、いつものように惹き込まれて短時間で読み終えた。
1998年に『陰の季節』を刊行して以来、警察小説を中心に発表してきた横山さんが、唐突に戦争ものを刊行すると聞いて奇異に感じた読者もいるだろう。僕もその一人だが、asahi.comに掲載されていたインタビューを読んで疑問が解けた。横山さんが描きたかったテーマは「組織対個人」。だから、取材を通じてそのテーマに気付かせてくれた本作は作家横山秀夫の原点なのだ。原点だから、今こそ刊行意義がある。
組織の中で己を問う。組織が軍であるか、警察であるか、あるいは他の官庁であるか、極論すれば違いはそれだけではないか。もちろん、「死」を意識するかしないかの違いは大きいとは思う。だが、こうも言えないだろうか。これまでの作品では、肉体的な「死」は意識しなくても、組織の中での個人の「死」を意識していたと。
前出のインタビューによれば、戦後世代の横山さんは「知識」として戦争を伝えようとはしなかった。だから僕も、「知識」としての戦争に憤りを覚えたとは言いたくない。僕に訴えたのはあくまでも人間の「情」であり、本作はあくまで人間ドラマ。戦争について、「回天」について詳細に知りたければ、巻末の参考文献を当たればいい。
などと書きつつ、「知識」を伝えようという面がまったくないわけでもないだろう。少なくとも僕は、歴史の教科書には載っていない事実を知った。