大地の魔王

一、お百姓は語った。

 「女にしちゃ短い赤い毛の娘っこ?ああ、通ったさ。立派な剣をもって、革のヨロイを着たやつだろ?」
 オレは勢い込んでたずねた。
 「どっちに行った!」
 お百姓は、天秤棒に寄り掛かるようにすがって立ったまま、オレの質問を無視して続けた。いい天気だ。
 「とんでもないアマだったなあ、えらい勢いで走ってくると、それ、おらの畑から走りざまにウリをさらおうとしたんだ。」
 やっぱりアリエールのやつだ!手癖が悪いや。
 「で、どっちに行ったんだ!?」
 オレは重ねてお百姓に尋ねた。お百姓はしかめっ面で下を向き、天秤棒の先を使って地面をひっかきながら相変わらずのマイペースでしゃべる。
 「おらあ、アマッチョになめられんのは我慢のならねえたちでナ、これ、この棒で、たたきのめしてやったんよ。」
 「きびしいな。」
 「あたりきよ!おらが丹精込めたウリを只でいただこうなんざトンでもねえ!」
 「でも、やつはコタエなかったんだろ?」
 「おうよ!よくわかったな!」
 アリエールはそういう女なんだ。どんな目に合わされてもビクともしない。オレは辺りを見回した。
 「なんだい、かなり熱心だねェ、あのアマッチョに、何ぞ、取られたんかい?」
 「ああ、ちょっとやつがいないと、困るのさ。」
 お百姓はカッッとのどを鳴らすと、砂利道にペッとつばを吐いた。
 「なんだかそこら中から追い回されてるようだな、そのアマッチョ。さっき来た大男も、そんなふうにあわててたっけが。」
 ルスランだ!あいつもここまで追ってきたのか!
 「で、そのアマッチョはどっちへ!?」
 オレもお百姓の相手を続けることにしびれが切れてきた。そろそろムリにでも聞き出さなくちゃ。
 オレの殺気を感じ取ったのか、お百姓はいきなり南の方を指さした。
 「あっちいった。」
 最初からそれだけ答えりゃあいいんだ。オレは指さされたほうへ足を踏みだそうとした・・・
 「?」
 おれの胸の前に、節くれ立った粉っぽい大きな手のひらが突きだされている。
 「わかったよ!ほら、ありがとな!」
 オレはやつの手のひらに王国銀貨をペチンと握らせた。
 おこづかいがほしくて話を長引かせていたのか、がめついオヤジだ。
 オレは畑と森の間の広い砂利道を急いだ。あのアマッチョめ。オレはさっきのお百姓の言葉を借りてアリエールのやつをののしった。全くあと一歩のところで怖気付きやがって。ここまで来るのにどんなに苦労したと思ってるんだ!

 「おおい!ルスラ〜ン!」
 行く手にひょろ長い影を見つけて、オレは走った。ルスランは振り向いて立ち止まった。
 「なんじゃ、お前も結局こっちへ来たんか?」
 ルスランは追い付いたオレに尋ねた。オレは息が切れてたのでただうなずいた。お百姓の指したほうへ、二人で歩きはじめた。オレは息が整ったので、たずねた。
 「オイ、ルスラン、ところでおまえ、こっちから来たんじゃないのか?」
 オレたちは二股の道を二手に別れてアリエールのやつを追っていたんだ。二人ともあのお百姓に会ったというなら、あの道はワッカになっていたということじゃないのだろうか?
 「・・・道をそれていったのかのう?」
 ルスランはあごに手をあてると、そのまま辺りを見回した。ルスランは文字通りの大男で、背丈はおれの頭二個分は高い。腕力も見掛けどおり恐ろしいもので、暴れ牛の顔を片手でつかんで止めたのを見たことがある。いつも怒ったような口のきき方をするので、いつぶん殴られるかと、オレはドキドキしっぱなしだ。ルスランのほかに、盗賊と化け物だらけの街道を手ぶらで歩ける奴をオレは知らない。
 「一面こんなに背の低いウリ畑だぜ!動いてたら見逃すもんか!」
 回りは地平線が見えるくらい見渡すかぎり緑色のウリ畑。見えるものといえば、オレたちが降りてきた魔の岩山だけ。這いつくばったって隠れられるもんじゃあない。
 「こんなにたくさんのウリ、どうやってさばくのかのう、あのお百姓。」
 「・・・いや、確かにそれも不思議だけどさ、お前、この道通ってきたんだろ!オレはこっちから来た!畑を逃げるアリエールは見なかったんだろ?オレも見なかった。なら、挟み撃ちにしててもよさそうなのにそれもなかった。奴はどこに消えた?」
 「あのお百姓の家も見当たらんのう・・・」
 「あのお百姓、アリエールをぶちのめしたっていってたぜ!」
 「奴がいくら不死身でも、思いっきり殴ると痛がって失神するけえのう。」
 二人はもと来た道を急いで引き返した。あのお百姓、どうも怪しかったんだ!
 
 「いねえ・・・」
 さっき銀貨を握らせてから、十分と経っていないのに、あのお百姓は影も形もありゃしない。
 「ううむ、気配はするんだがのう」
 ルスランはどこで修行したのか、辺りの生き物をすべてかぎつけるという技を持っている。オレたちはそのおかげで、何度か山賊だの追いはぎだのの、悪いやつらの待ち伏せを返り討ちにすることができた。
 「アリエールの気配は?」
 「しないのう、やっぱり、のびてるんじゃろう。」
 のびてるやつの気配まではわからないらしい。
 「ブーチコ、お前、ウリをもいでくるんじゃ。いっぱいのう、ほんで、ここに積むんじゃ!」
 オレたちは周り中のウリをもいで、砂利道の真ん中に積んだ。
 「お百姓のやつめが、ウリをもがれて、せつながっとるぞ!」
 ルスランがオレにささやいた。
 ウリの山ができあがった。五十個はあるだろう。ルスランのやつ、こんな熟れてもいないウリをどうするつもりなんだ!?
 ルスランはウリをひとつ、手に取った。ぽんと放り上げてから同じ手で受けた。
 「では、いくかのう!」
 気合の入った声だ。なんか、やるぞ!オレは身構えた。
 奴は手に取ったウリを振りかぶって、思いきり投げた。
 ウリは恐ろしい速さでまっすぐにどこまでも飛んでいって、見えなくなった。
 「オイ、ブーチコ!ワシにどんどん次のウリを渡せ!」
 オレはウリをどんどん奴に渡し、奴はどんどん恐ろしい勢いで周りにウリを投げ付けはじめた。怪しい気配のところには全部。ウリは全部恐ろしいうなりを上げて飛んでゆき、地面に落ちればウリの破片とともに大きな土煙を巻き上げた。オレの魔法攻撃よりはるかに効きそうだ。
 三十個も投げたころ、投げ付けたウリが、なにも無いはずのところで砕けた。空気にぶつかって砕けた。
 「うがぁ!」
 同じ場所から叫び声。オレたちはそこへ走った。
 「こりゃ!捕まえたぞ!」
 ルスランはウリの汁でべちゃべちゃのお百姓のえり首をしめあげた。さっきまで透明だったお百姓は、ルスランの手にぶら下げられたまま、じたばたもがいている。
 「だれじゃ、お前は!人ではなかろうが!」
 ルスランは恐ろしい声を出した。お百姓は震え上がった。
 「ええええええ!ごもっとも!あしは人じゃあございません!たたたた、ただのけちな魔物の番人でありまっすすすす!ままま、魔王のウリ畑を世話してるでありままま・・・こここ、ころさないで!」
 「女を返せばよし!さもなくば・・・!」
 奴のむき出しの腕の力こぶが盛り上がる。お百姓の姿をした魔物は悲鳴を上げる。
 「かかか!かえしますとも!ちょちょちょっと、ががが、頑丈な女だから売ったら高いかなって思って・・・」
 どこまでもがめつい魔物のようだ。
 「どこにいるんじゃ!コラ!」
 「そこそこそこ・・・」
 見ると、ウリのつるの絡みあった下に、アリエールの間抜けな寝顔が見える。オレはつるをかき分けて、奴を抱き起こした。
 「アリエール!オイ!起きろよ!」
 ほっぺたをピタピタたたく。
 「う〜ん、もうちょっと!・・・」
 寝ぼけてやがる!いい気なもんだ。オレはイライラしてひっぱたく勢いを上げた。
 「起きろ!」
 ビタ〜ン!
 「いった〜〜〜〜・・・」
 アリエールは自分のほっぺたをさすりながら目を開けた。オレと目が合った。しゃくだが、きれいだ。
 ビタ〜〜ン!
 「いって〜〜〜!」
 おれの目から火花が出た。このアマ!張り返してきやがった!これだから騎士の娘はイヤなんだ!平気で人を見下して、平気で人の横っ面を張りやがる!おまけに下からおれの目をまともににらみ据えてやがる!
 「そんなにたたかなくっても起きるわよ〜!バカ!」
 オレはとっさに言葉がでなかった。呪文が命の魔導師なのに!ああ悔しい!
 アリエールはおれの手を払いのけて、起き上がり、身体に付いていたウリの葉を払い落としはじめた。
 「ったくもう・・・」
 いきなり駆け出した。あああ!また逃げ・・・
 「どこ行くんじゃ!」
 ルスランが怒鳴った。アリエールはびくっとして、その場に棒立ちになって立ち止まってしまった。(オレもびくっとした。)
 「もどってくるんじゃ!」
 アリエールはすごすごと、ルスランを上目遣いにうかがいながら、うなだれて戻ってきた。
 「今度逃げたら、許さんぞ!」
 ルスランは片手にお百姓をぶらさげたまま、アリエールをにらみつけた。
 アリエールはうなだれて、口の中でもぐもぐと、つぶやいた。
 「ごめんなさい・・・」
 ルスランはぐったりとしたお百姓を放り出して、ぶっきらぼうにいった。
 「わかりゃ、いいんじゃ!」
 懐から鎖を取りだすと、アリエールの首の革帯に引っ掛けて留める。
 「また鎖!?・・・もういやだ!とって!」
 アリエールは自分の首輪をいやそうに手でひっぱった。
 「もう外さん!二度と逃げれんようにナ!」
 「え〜〜〜!?」
 「さ、もう一度魔王のとこに行くんじゃ!」
 「やだ〜〜〜!」
 アリエールの反応にはおかまいなしに、ルスランは奴を引きずりながら歩きだした。オレはあわててお百姓のところに駆け寄った。
 「オイ、このウリ、おまえ一人でどうやって取り入れとかやってんの?」
 オレは不思議に思ったことはほっとけないたちだ。魔王と闘う前にはっきりさせておきたかったんだ。
 お百姓に化けた魔物は、大きな目をまじまじとオレに向けて、手をさし出した。
 なんてがめついやつだ!オレはあきれながらも王国銀貨をもう一枚取りだした。
 「もうあそこいや〜〜〜」
 アリエールの勇者とは思えない、情けない声が聞こえる。


二、老師は語った

 「ブーチコよ!スマンがちっと、王様のとこへ行ってくれ。ここに委任状を書いた。これを持っていけばすべてわかるようになっている。」
 ことは、オレの魔法の師匠、老魔導師のピコが、久しぶりにおれを呼びだしたことからはじまった。オレがバカ面してでかけていくと、老師はブルブル震えるシワシワの手で、オレに手紙を渡した。王様のとこ?うわあ、なんかおっかねえな!オレは研究途中の魔法もあったし、気が進まなかったけれど、老師の命令にゃあ背くわけにも行かない。まだ一人前の身分じゃないからな。
 オレはノコノコお城に出かけてって、門のとこの歩哨に手紙を渡した。衛兵司令がもっと偉い役人を連れてきて、そいつがオレをだだっ広い応接間に案内した。先客がいた。
 「ルスラン殿、こちらは大魔導師ピコ殿の紹介で、貴殿に助力されることとなった魔導師のブーチコ殿です。」
 ルスランとよばれたその男は、とにかくでかかった。しかも顔がおっかない。彫りの深い目がジロリとオレを見下ろした。オレはちょっとドギマギした。
 「なんじゃ、こんな若もんでだいじょうぶなのかいのう?」
 おっかない声だ。しかもトランスガウシ方言バリバリの田舎者!でも偉い役人は落ち着いてルスランに答えた。
 「ピコ殿が保証されているのです。ピカイチの弟子だと。」
 ピカイチの弟子!?老師のやつめ!いつも怒ってばかりのくせに、じつはオレの実力、認めてたのか!オレは思わずニヤニヤしそうになった。
 「オレはブーチコ!こう見えてもたいがいの物の秘密は知ってるんだ!」
 威勢よくいってやった。自信たっぷりに。ルスランの顔はぴくりともしない。命令口調でオレを試しにかかった。
 「水の秘密を話すんじゃ!」
 この世の中で、オレが一番仲がいい要素が水だ!オレは得意になってべらべらと全部をしゃべろうとした。
 「もう、ええ」
 オレは口を閉じた。
 「そんなもん、聞いてもわからん。そのバケツで水を操ってみせるんじゃ!」
 なるほど、わかってるならはじめから自分でやるもんな。部屋の隅にからの桶がおいてある。ルスランはそいつを指でつまんでオレの前に置いた。
 「水を呼べ。」
 オレはそうしてやった。なに、ちょっとオレたちの周りにある見えない水を呼べばいいだけだ。簡単だ。呼吸を知ってるなら。ちょっとした電光が走った後で、桶は水で一杯になった。
 「沸かしてみせよ。」
 桶の水は沸き返った。簡単だ。水をちょっと怠惰でなくしてやるだけなんだから。
 「球にして持ち上げよ。」
 沸き立った水は桶から、シミひとつ残さずに浮き上がり、オレの目の前に、煮えくリ返る球として浮かんだ。
 「冷ましてみせよ。」
 水の球は、氷の球になった。
 「ウム、一通りはできるようじゃ。では、王の前へいくかのう!」
 オレたちは役人を先頭に王様の部屋の扉をくぐり抜けた。

 

三、王様は語った。

 王様はオレより若かったけど、さすがに王様で、オレは一目で尊敬する気になった。こういうのも魔法の一種だ。しかも、修行しても身につかない、持って生まれた天然の魔力だ。
 王様は普通にしゃべった。人間らしく!でもオレたちには王者の言葉として聞こえるんだ。不思議だ。
 「国の外れ、へーホー平原に一夜にして巨大なる岩山が誕生した件は存じおろうな?」
 オレたちはうなずいた。これは当時、国中の話題だった。ひと月もしたら、みんな飽きちまったんだが。
 「新しい山ができたら地図に記入しなければならぬ。よって、国土地理室の役人に捜索騎士団を付けて派遣したのだが、これが予定を過ぎても戻ってこなかったのじゃ。ところが四日前に、一人の騎士の死骸が、自分で歩いて帰ってきたのじゃ。死骸は見た目では死んでいるのがわからなかったので、予の前に通された。ところが、口を開くと・・・」
 騎士の死骸は亡者の声でしゃべりはじめたという。亡者の声は普通の人間には言葉に聞こえない。幸い、王様の隣に王室付き対呪術官がいたので、何をしゃべっているのかを知ることができた。
 「なんと、件の岩山を築いたのは予の伯父上でのう。自らを大地の魔王と名乗り、予に刃向かう気配なのじゃ。いかに我が伯父上とはいえ、悪魔に魂を売り渡し、予のかわいい臣下を手にかけるとは言語道断!果然征伐せねばならぬ!」
 じょじょに険しくなっていったの王様の顔つきがここでいくらか和らいだ。オレたちもしらずしらずのうちに握り締めていたこぶしをゆるめた。
 「とはいえ、悪魔の力をどこぞで身に付けたる外道者を退治するには、それなりの術者が必要じゃ。そこでルスラン殿に退治をお願いしたのじゃ。」
 オレはルスランを改めてながめた。汚らしい布を肩から下げて、余分を腰に巻いているだけの旅の力自慢にしか見えない。しかし王様は今、「殿」をつけて呼んだ。何者なのだろう。マァ、ここにいるからには只者ではないんだろうな。
 王様はありがたくもオレにも声をかけてくれた。
 「そのほうが大魔導師ピコの折り紙付きか!若いのにたいしたものじゃ!(オレの顔が思わずゆるみそうになった。)これからはこの、ルスラン殿を助けてみごと我が伯父上を討伐してくれい!頼んだぞ!」
 オレは嬉しくって思いっきり自分の胸にこぶしを当てた。危なく咳き込むところだった。
 「王様、実は、討伐にはもう一人必要なのでございます。」
 ルスランは、さすがに訛りを隠した丁寧語で話した。
 「それは誰じゃ?」
 「勇者を演ずるものです。大地の魔王というからには大地の力を使える魔物に違いなく、その力を封ずるには、ワシのほかに、ここな水使いの魔導師と、もう一人、勇者が必要でございます。」
 「勇者を作ると申すか?」
 「必要でございます。」
 「ドラゴンのあては?」
 「少々。」
 「で、勇者役の乙女が要るというのじゃな?」
 ルスランはうなずいた。王様はちょっと考えるそぶりをしてから、一人の騎士の家を口にした。
 「アリョール家は往時の名門であったが、今は零落して見る影もない。哀れだが加増するほどの手柄もない。若い娘が一人いて、けなげにも街に出て家族の糧を得ていると聞くが、これは彼らにはチャンスやも知れぬ。わしから手紙を出させるとしよう。」
 「恐れ入りましてございます。」

 オレたちはその、アリョールとか言う落ちぶれた大名の領地へ向かった。オレは道みち、ルスランにたずねた。
 「オイ、ルスラン、勇者役をやらせるって、どんなことやるんだ?」
 ルスランは前を見たままで答えた。
 「みてりゃ、わかるんじゃ。」
 オレは黙って見てることにした。

 

四、貧乏貴族は語った。

 「王が!拙者ごとき貧乏騎士に!うう・・・」
 化け物がたくさん住み着いた、王都近くの薄汚い領地にある薄汚い屋敷の薄汚い部屋で、薄汚いかっこうのアリョール公は、王様からの手紙を読むと、泣きそうになった。
 「で、娘御をお貸しいただけまいかのう、アリョール殿!」
 ルスランは迫った。公は、うつむくと、自信なさげに言った。
 「それはよろしゅうござる。娘、アリエール・デ・アリョールには幼きころより剣術を学ばせ、人並みな腕前ではござる、が、しかし・・・」
 「いや、やっとうの腕前はどうでもいいんじゃ!」
 ルスランは遮った。相変わらずの迫力だ。腹ぺこ騎士は圧倒されちまってる。
 「子を産んだことのない娘ならば、誰でも勇者を演ずることができるんじゃ。ひとたび勇者になったらば、後はなんとかなるんじゃ!」
 オレはやつの後ろから、ただぼけっとながめてた。乱暴だなあって思いながら。
 「あいや、わかり申した。拙者、王国の危急を救えるのなら、喜んで娘を送り出しましょうぞ!莞爾!」
 こうしてアリエールのオヤジは、オレたちに娘を差し出すことにウンといった。娘が上手くやれば、また家人を雇うことができるからな。
 「アリエールは今、我が城下町へでかけてござる。」
 オレたちは町へ、アリエールに会いにいった。
 城下町には大バザーが開かれてて、いろんな国からのものとわかる商人があふれ、領主の没落ぶりとは正反対な栄えっぷりだったからびっくりしたが、どうも、ここで得られる税金は、領主が借金をしている大商人にごっそり引っこ抜かれてるらしい。よく乗っ取られないもんだ!
 ルスランは、居並ぶ露店の中を進んでゆき、一人の露天商の胸倉を文字通り捕まえるとたずねた。
 「おまえ、ここな領主殿の娘御をば見とらんかのう?」
 露天商がルスランの腕からブラブラぶら下がりながら、切れ切れにしゃべるのが聞こえる。
 「・・・ああ、泥棒女騎士なら・・・そろそろ来るよ・・・腹を空かせる時間だからな・・・」
 オレにもまわりの露天商たちが緊張する気配がわかった。池で鳴いてたカエルが、誰か来て黙っちまうのと同じ雰囲気だ。
 「ブーチコ、こっちじゃ!」
 ルスランは巨体に似合わないはしっこさでオレをつまみ上げると、露店の台の向こうに回った。露店の主は台の下に押し込まれてる。おどろいたことに奴はいつの間にか主人の帽子をむしって自分の頭にのっけいていた。
 「おいルスラン、野郎が二人の露店なんて、なんかヘンだぜ!」
 「じゃかしい、黙っとれ!」
 オレは黙った。
 通りを向こうから、軽い足取りで歩いてくる娘が目にとまった。旅の踊り子みたいなクネクネした歩き方だ。服装もそれに似合った薄汚さだ。肩から昔はきれいだったらしい絹布の帯をかけ、それの端は手首のあたりにゆったりと巻き付けている。どっかで見たような顔をしてる。
 「あれじゃ!アリョール殿の面影があるぞ!」
 ルスランが図体に似合わない小声を出した。でもオレも奴の意見に同感だった。
 娘は楽しそうに歩いてきた。たまに足を止めて、そこにある品物を手に取って、また戻す。品定めしているみたいに。そんなふうにしてオレたちの露店まで来た。オレたちの小さな木の実(正しくはオレたちの足の下にいる商人の品物だが)を手でもてあそんでいる。なにかの歌を小さな声で口ずさんでるのが聞こえた。
 「・・・時それ三日三の月、黎明興る、鬨の声、我が騎士団の襲撃や・・・」
 うわ、騎士団の軍歌だ!普通の踊り子はこんな歌歌わないだろう。こいつがアリエールに違いない。彼女は台の上に手を残して、つつと滑らせながら次の露店の前へ進もうとした。
 「おい!」
 ルスランの野太い声が響いて、彼女の少し日焼けした細い指がピクッと止まった。
 「おまえのサンダルの中にウチの品もんが落ちたぞ!」
 次の瞬間、娘は駆け出していた。ウマみたいに速く。娘のサンダルのカカトから、ウチの売り物の木の実が跳ね上がった。手首の布からはくだものが飛びだした。すべてが絵のように止まっているみたいにゆっくりと見えたけど、オレはそれをバカみたいにながめてるだけだった。
 しかしルスランは素早かった。隣の露店に並べてあった梨をひとつ掴むと、逃げてゆく娘めがけて投げ付けた。
 ぱか〜ん。
 見事に娘の後ろ頭にあたった。すげえ。
 娘は前のめりにぶったおれた。うわあ、痛そう。
 オレたちはひっくり返った娘のそばへ走った。
 「見事に目、回してるな!」
 オレは娘の上にしゃがみ込んで、手に付いた梨の汁をなめながら、彼女が死んでないことを確かめた。
 「急じゃったけえ、つい、力が入りすぎたんじゃ。」
 おでこと鼻を擦りむいた娘を、気絶したままさっきの露天商人に面通しした。
 「そうだよ、そいつが泥棒女騎士だ。あんたがた、その子、どっかに連れてってくださるのかね?」
 「おう、しばらくの間預かるんじゃ。」
 「いや、ず〜っと帰さんでいいよ。いつもいつの間にか売り物をくすねるし、しっぽは出さんしで、わしら困ってたんだよ。」
 退治のお礼だと言って、彼は売り物の木の実を一包みくれた。
 ルスランは、梨の汁でべたべたの娘を担ぐと、貧乏領主の城へ向かって歩きだした。

 

五、アリエールは語った。

 「もっとゆっくり歩いてよ!息が詰まる!」
 アリエールが後ろから叫ぶ。
 「もう、なんなのよこの鎖は!」
 埃だらけの街道を、アリエールはオレたちに引きずられるようについてくる。さっきから文句を言いどおしだ。アリエールはあれから、城に帰ってあの貧乏騎士に出征の祝福を受けて、いざ旅に出たそのあとで、二回も逃げ出そうとしたんで、ルスランが奴の首に鎖付きの革帯を巻いて、鎖のもう一方の端を自分の腰の帯に付けちまった。奴は指で鎖の輪を開けたり閉めたりできるが、娘の細指にはそんなことできやしない。それでそのまま奴を引っ張って歩きはじめたというわけだ。引き摺られてるというオレの例えは、かなりピッタリだとオレは思ってる。
 「黙ってついてくりゃええんじゃ。お前が頑張ればお前の父上も借金から抜けれるんじゃけえ。」
 「別にわたしが借りたわけじゃないのよ!戦場で捕虜になって身代金を吹っ掛けられたのが悪いんだわ!わたしならそんな額、絶対に払わない!騎士らしく死んじゃう!」
 「上辺だけの風聞で、決めつけたらいかん。軽々しくそがあなことは言わんほうがええぞ!ひとの知らん真実というものが裏側に隠れてることもあるんじゃけえ。」
 ルスランは静かな調子で諭した。おれに話し掛けるときとはえらい違いだ!
  アリエールはちょっと勢いをそがれたみたいだ。ピンと張ってた鎖が、少しゆるんだ。
 「戦争のこと、知ってるの?」
 ルスランは振り向きもせずにのんびり答える。
 「いや、しらんよ。」
 「じゃあ、わたしの方が知ってるんだから!お節介はやめてよ!」
 鎖がまた、ピンと張った。
 「お前のお父上は悪人ではないとみた。旅立つお前に、そんな立派な剣を呉れたもんのう。売ればかなりの金になりそうなその剣を、借金にも負けず今までちゃんと手入れしておったんじゃ!騎士の魂を捨てていない証よ!その魂を、お前が武門のいさおしを建てるための旅にでるっちゅうたら、惜しげものう呉れたんじゃあ!そんなお人が高い身代金を払ってまで助かったには、なんか訳があるはずじゃ。」
 ううん、そんなに深く考えてなかったぞ!言われてみれば、確かに薄汚い中にも、どこかバカにできない雰囲気はもっていたな、あの貧乏貴族。
 「この剣を売ってたら、お母さんも逃げ出したりしなかったかもしれないのに!」
 ううん、アリエールの言ってることも、一理あるかも・・・.宝剣をかじってもおなかは膨れないもんな・・・オレもガキのころに飢え死にしそうになったことがあるから、アリエールの気持ちもわかるんだ。
 アリエールも悪態はつきながらも剣はちゃんと抜けるように腰につってるし、親父と別れるときはしんみりきてたから、この旅が根っからいやなわけでもないんだろう。ただ、梨をぶつけられたことと、顔を擦りむいたことをまだ根に持ってるみたいだけど。
 オレはルスランの横顔を見上げながらたずねた。
 「おい、ルスラン、勇者役をやらせるって、どんなことやるんだ?もう教えてくれてもいいだろ!」
 「勇者役にゃ、ドラゴンが必要なんじゃ。よってドラゴンに会いにいく。」
 ルスランはこっちには目もくれず、ぶっきらぼうに答えた。アリエールに答えるのとはえらい違いだ。
 後ろからアリエールが割り込んできた。
 「わあ、なでれるの?わたし、ドラゴンて好きなの。かわいいよね!」
 「会いに行くんは、砲兵連隊に飼われてるやつじゃのうて、野性のやつじゃ。まあ、わしらにも退治できる程度のを選ぶけえ。」
 これにはオレがびびった。
 「おい、ルスラン、野性のドラゴンなんてそんなに簡単にいないだろう!いても手に負えるようなシロモンじゃあねえんじゃねえのか?」
 「ベーロン谷に知り合いのドラゴン猟師がおってのう。奴に聞けばええが。」
 「やっつけるのは王様の伯父上だろ!ドラゴンなんか関係ないじゃんか!」
 「ドラゴンて、野性だと強いの?」
 アリエールは軍隊のパレード用の放列ドラゴンしか知らないらしい。オレは野性ドラゴンの恐ろしさを奴に話してやった。
 「オレは野性ドラゴンを一度だけ見たことがあるんだ。おっかなかったぜ。野性のドラゴンは。小さいころから飼いならされて防御の落ちた放列ドラゴンとは違って、(放列ドラゴンは防御を落とすことで、人間様のムチが効きやすくなってるのさ。)革は堅いわ、そこら中に火を吐くわで、その辺のちんぴら魔導師が束になってかかってもびくともしねえ。ドラゴン猟師は、やつらの間に伝わる秘密の方法でドラゴンを狩ってるらしいが、よそ者には絶対に秘密を漏らさない。んなわけで、よそ者は仕方なく正面からドラゴンに立ち向かって、それで黒焦げかぺちゃんこか、どちらかの方法でこの世とおさらばしちまうのさ。」
 「へ〜!」
 アリエールは間抜けな声を出して感心した。こいつ、動きの素早さの割に、けっこうトロいとこがあるみたいだ。お前が当事者なんだぞ!
 「あんたたち、そんなの退治するんだ!すごいね〜!強いんだね!」
 あっ、こいつ、部外者のつもりでいやがるぞ!とんでもねえ!
 「アリエールが退治するんじゃ!勇者になるもんはドラゴンを一匹退治せんといかんのんじゃ!」
 「え〜っ、そんなのできるわけないじゃな〜い。」
 こいつ、本気にしてないな!オレも本気にはしたくないんだが・・・
 「わしとブーチコが手伝えばなんとかなるじゃろ。悪魔に魂を売った魔の男を相手にするんじゃけえ、ドラゴンの一匹、倒さんでどがあするんじゃ!」
 「負けちゃったらどうするのよ!」
 「また別の勇者候補を探すまでじゃ。」
 「じゃあ、今別の娘を探してよ!」
 「試さんであきらめるバカがあるか!とりあえずやるんじゃ。だめでも墓くらいは建ててやるがあ。」
 「や〜ん死んじゃう〜」
 「勝てば死なぬ。」
 ルスランは、もと来た方へとヤギみたいに鎖を引っ張るアリエールを小わきに抱えると、ばたばた暴れるのにはおかまいなしに歩き続けた。
 「や〜ん」
 かわいそうなアリエール。でも、今の話の調子じゃ、運が悪けりゃオレも死んじまうかもな!でも、まさかルスランもむざむざ自殺する気じゃないだろう。今のとこはついてくしかねえな。
 オレたちはベーロン谷へ、街道を、山の方へと向かった。

 

六、ドラゴン猟師は語った。

 「あ、ルスラン!久しぶり!」
 ドラゴン猟師というから、オレはまた、てっきりルスランみたいないかつい野郎を想像してたのに、山奥の掘っ建て小屋から出てきたのはただの女の子だった。いや、良く見ると、耳の下のエラの所にトゲがあった。ちょっと人間じゃあないらしい。
 「・・・ドラゴン猟師って、大男じゃないんだね!・・・」
 アリエールのやつもオレと同じ想像をしてたみたいだ。ひそひそオレにささやいてきた。
 「ううん、でも、前にオレが見たのはムサいオッサンだったけどなあ・・・」
 「ドラゴン猟師に種族は関係ないよ。ただ、大地の声を聞けるかどうかだけ。」
 オレたちの話はドラゴン猟師の女の子に聞こえていたらしく、彼女はオレたちの疑問にさらっと答えた。
 「そっから先は、秘密。」
 オレたちの質問は、する前から遮られてしまった。
 「まあ、秘密はしらんでもええんじゃが・・・」
 ルスランはいつもになく弱気な声を出した。どうした?ルスラン!腹でも痛いのか?
 「わしらにも退治できるくらいの手ごろなドラゴンはおらんかのう?」
 「いないこともないけど、どうしたの?勇者でも作るの?」
 アリエールをながめた。
 「その通りじゃ。こいつ(アリエールを前に押しだした。)を勇者にせねばならん。」
 「そのこでだいじょうぶ?勇者になる前に死んじゃうんじゃない?」
 「わしと、こいつ(今度はオレを押しだした。)がついとるけえ、なんとかなるじゃろう。」
 ドラゴン猟師の女の子は、アリエールに近づくと、めずらしいものを眺めるようにいろいろな角度からのぞいたり触ったりした。アリエールもドラゴン猟師のエラのトゲに恐る恐る触ってみている。
 「まあ、ルスランがいればなんとかなるね。」
 おいおい、オレ様は無視かい?ちょっとプライドが傷ついちまったが、この女とルスランはかなり深い知り合いと見た。ドラゴン猟師がだいじょうぶだというなら、きっとルスランはドラゴンをなんとかできるんだろう。オレは少し安心した。
 「一匹、手ごろなのがいる巣があるんだ。もう少し育ってからと思ったけど、いいや、ルスランにあげる。無駄にしないでよね。」
 「すまんのう。」
 「いいっていいって。」
 彼女が案内をしてくれることになった。オレたちは暗くて深い谷へとはいっていった。

 太古の大地の怒りが切り立った岩壁に刻んだ深い裂け目に、オレたちの獲物になる予定のドラゴンは棲んでいた。ドラゴン猟師は岩穴の前までオレたちを案内すると、「わたしたち、人前じゃ、ドラゴンには関わらないことになってるから。」っというなり帰っちまった。
 「ブーチコ、お前、ドラゴンを呼び出せ!」
 「ええ!なんでオレが・・・」
 オレの声はうわずっていた。おっかなかったからな!びびってたんだ。
 「入っていって、ドラゴンのやつめがおまえを追ってきたらこっちへ逃げてくるんじゃ!いかなきゃワシがお前をブチのめすぞ!」
 ドラゴンから逃げ延びるか、この場でルスランにたたき殺されるか、オレは少しでも長く生きられる方を選んだ。
 岩の裂け目といっても、王様のとこの馬車が二台並んで入れるくらいのでかい穴だ。暗い。ドラゴン猟師にもらった火縄をもって、恐る恐る奥へと進んだ。
 ドラゴンは思っていたのよりもはるかに浅いところにいて、暗闇から音もさせずにかみついてきたので、オレは危うく真っ二つにされるところだった。でかい!頭だけでもウマ一頭分くらいある!長い首は、千年も生きた大松みたいに赤茶色のいやらしいウロコに覆われて、太い、
 「うわっ!でた!」
 振り向いて逃げようとした途端、ルスランの胸板にぶつかってしりもちをついた。すぐ後ろについてきてたのか!アリエールのやつは逃げようとして必死で首についた鎖を引っ張っている。ドラゴンはいきなり現れた新手の敵を見て、値踏みするようにうなり声をあげてこちらをうかがっている。
 「ブーチコ、わしの後ろから水の魔法で防御するんじゃ!」
 ルスランはアリエールを引き寄せた。
 「アリエール!覚悟をせんか!」
 怒鳴り付けられてアリエールはビックリし、動きを止めた。ルスランはそのスキに奴を自分の前に置いた。
 「剣を抜くんじゃアリエール!ドラゴンを倒さば、お前は不死身の身体になるんじゃ!」
 「じゃあ、鎖を解いてよ!これじゃあ自由に動けない!」
 ルスランはアリエールの鎖を放した。アリエールはドラゴンに向き直ると剣を構えた。ほう、けっこう強そうじゃん。オレは奴の前に結界を張るために精神の集中をはじめた。
 「こうなったらやるわよ!見てなさい!伊達に七つのころから剣を習っちゃいないんだから!」
 おお!かっこいいぜアリエール!さすが騎士の娘!ただのジャジャウマじゃなかった!
 一瞬でもそう思ったオレが間違っていた。次の瞬間、奴はアッというまもなくルスランの脇をくぐって逃げ出した。いや、逃げ出そうとした。
 「あ!」
 どん!
 「いてて!」
 奴め!ボケッとしていたオレに正面から衝突しやがった!危なく串刺しになるところだ!奴の柔らかな髪が、オレの顔をくすぐった。悔しいが、少しいい気持ちだった。
 ドラゴンはケダモノらしく、そのスキを逃さなかった。その長い、ウロコだらけのいやな色の首をすごい勢いで延ばすのがアリエールの肩越しに見えた!クソ!こんなしまらねえ死に方が!
 次におこったことをオレが話せば、たぶんみんなホラだと思うだろう。オレのことをホラ吹きだと。思いたきゃ思え。オレは本当のことを話してるんだ。びっくりするなよ!
 ルスランは猫みたいに素早く身体を開き、のびてきたドラゴンのウマほどもある頭をやり過ごすと、それがオレとアリエールに届く前に、コブシで横っ面を殴り付けたのさ。ドラゴンの横っ面をだぜ!素手でだ!
 ドラゴンの頭が岩壁にヨダレを引きながら、物凄い勢いでブチあたって、つられたやつの身体も暗闇の中で物凄い響きをたててひっくり返った。オレはあっけにとられてアリエールを抱きしめたまま、ひっくり返ってたさ!バカづらをしてな!
 ルスランはドラゴンの頭にもう一発すごいのを喰らわした。ドラゴンは跳ね上がって、そのままぴくぴくしていた。
 「バカもんが!いきなり逃げおってから!」
 ルスランが肩で息をついた。アリエールの鎖を掴んだ。アリエールもビックリしていて、逃げることを忘れてやがる。ボケッとしてるのがわかる。
 「ブーチコ、ここに穴を開けい!人が入るくらいのをのう!」
 ルスランの声にはまだ殺気が残ってた。オレは何も考えずに岩の呪文を唱え、岩を取り除いて大きな穴を地面に開けた。
 「さてと!」
 いきなり地面からアリエールの剣を取り上げると、ドラゴンの首に斬り付けた。
 ズガン!びゅっっっっっ。
 パックリと割れたドラゴンの首からほとばしった血は、湯気と青臭さとサラサラという音を立てて、オレの開けた穴に溜まりはじめた。
 「ええ剣じゃ。折れも曲がりもせんわ。」
 ルスランは剣の刃を確かめると、鞘に収めた。
 「そろそろいいじゃろ。」
 穴のふちまで血が溜まったのを見ると、ルスランはアルエールの方を向いた。
 「お前はこれから不死身の勇者になるんじゃ。そうして武門の名を揚げるんじゃ!」
 言うなり、アリエールの服の襟首に手をかけて、思いっきりふり降ろした。
 ベリベリベリ!
 「きゃ!なにするのよ!」
 すげえ!全部剥いじまった!オレは若い娘の裸なんぞ見るのは生まれて初めてだったので、目の前がボウッとしたけれど、ルスランのやつはこうした狼藉をやり慣れているのか、まゆひとつ動かさずに騒ぐアリエールを血の池に突き落とした。
 ぼちゃっ!
 「うわ!いや!だし・・・ぼこぼこ・・・」
 アリエールの頭を捕まえて血の中に押し込む。ばちゃばちゃ暴れるのを何度も何度も押さえ込む。すげえ!オレはボケっと眺めるだけ。
 「こりゃ、ブーチコ!手伝え!こいつの尻が沈むように剣で押さえ込むんじゃ!」
 オレは剣を手に取ると、鞘のままぷかぷか浮き上がるアリエールの尻に突き当て、一生懸命に押さえ込んだ。弾力のある尻の手ごたえ。
 「オイ、ルスラン!こんなことしていいのか!?」
 アリエールが暴れてはね上げるいやな臭いの血しぶきからできるだけ顔を背けながら、オレはルスランにきいた。とってもいけないことをしているような気がする。だって、罪もない女の子を裸にして溺れさせてるんだぜ!
 「勇者を作るにゃあ、生きたドラゴンの血が冷めるまでに身体中全部が濡れにゃいかんのんじゃ!十二分なくらい濡れんと弱点になる!もっと濡らせ!」
 アリエールはごぼごぼ言っていたが、やがて動かなくなった。うつぶせのままぐったりした。ルスランはなおも指の先で突くようにして少しでもたくさん沈めようとしている。
 「オイ!まずいぜ!死んじゃったぜ!」
 オレはビビッて叫んだ。これじゃ、ただの人殺しだ!なんでこんなことしてるんだろう、オレ!?
 ルスランはアリエールの身体を裏返した。血みどろの顔は目をむいて、口を大きく開いたままだ!口の中にも血が溜まっている。うわ!息してないぞ!ほんとに死んじゃった!
 「どうするんだよルスラン!どうす・・・」
 「じゃかましい!」
 オレはビックリして黙った。ルスランはもう一度アリエールの額を指で突いて沈めてから、髪の毛を掴んで血の海から引き摺りあげた。
 「見てみい、血が吸い込まれてくのがわかるじゃろ?ドラゴンの血は若い女の肌にとても良くなじむんじゃ。」
 アリエールの口の中に溜まっていた血が、いつの間にか無くなっていた。血まみれだったはずの肌が、もとの白さを取り戻しはじめていた。
 「ゲホッ。」
 咳をした。生きてた!
 「どうやら、死にはせなんだようじゃのう。」
 ルスランは立ち上がると、自分のずだ袋から汚らしいボロ屑のようなものを出して、ひっくり返っているドラゴンの首の傷口に当てた。ドラゴンの血が止まった。
 「助かるかどうかわからんが、まあ、こうしてやれば生き返るかもしれんて。」
 ドラゴンの首を優しくなでてやる姿を、起き上がったアリエールといっしょにボケッと眺め、それからアリエールが起き上がっていたことに気がついた。髪の毛が赤く染まっちまった以外は、もう身体のどこにも血はついていない。そういえば、気がつくと血の池の血もきれいさっぱり無くなっていた。オレは見ていることがまるっきり信じられなかったので、アリエールの身体を上から下まで隅々見回した。いい身体だ。
 「見ないでよ!」
 奴のコブシがあんまりいきなり飛んできたのでオレは物凄くみっともないひっくり返り方をした。あのドラゴンの気持ちが少しわかった。
 「ぐわっ!・・・いてえ〜・・・いきなりなにすんだこのクソあま!」
 「ばか!ひとごろし!こんなことして!いいと思ってるの!?」
 顔に血の気をのぼらせてオレに食ってかかるアリエールの後ろから、ルスランがそっと忍び寄るのが見えた。手にアリエールの剣を持って。
 ガン!
 「いた〜い・・・なにすんのよこの大木男!」
 ルスランにも殴りかかったが、これはルスランのでかい手で、難なく受け止められてしまった。
 オレはといえば、痛む頬っぺたをさすることも忘れて、あっけにとられて突っ立ったまま。
 ルスランのふり降ろした剣は、確かにアリエールの肩を真っ二つにしていたハズなのに!奴の肩は剣をはじき返しやがった!素肌なのに!奴の肩にはミミズ腫れもできちゃいねえ!
 「落ち着くんじゃアリエール!お前はもう勇者じゃ!不死身になったんじゃ!」
 ルスランはアリエールの手に剣の刃を押し当て、思いっきり引いた。オレの背中に鳥肌が立った。アリエールの背中にも立ったみたいだ。
 「・・・切れてない・・・!」
 アリエールはビックリした顔で自分の手を眺めた。
 オレもびっくりした。ドラゴンの血にこんな効き目があるとは知らなかった。
 「ドラゴンの血は、野郎にはなんの効き目もないんじゃ。」
 なんだ、つまんねえ。
 オレは服を脱ぐのをやめた。


七、ルスランは語った。

 「ブーチコ、御苦労じゃったのう。お前の役目もこれで無事終わりじゃ!帰ってええぞ。」
 「へ!?」
 山を下りたところで、ルスランがいきなりオレを用済みだと言い出しやがった。
 オレはキョトンとして、奴の顔を見上げるだけだった。それから顔に血が上ってきた。バカにした話だぜ!老師も、はじめからそのつもりで、その程度ならとオレをよこしたってワケか!
 オレの顔が紅くなったのを見て、ルスランはオレが傷ついたと思ったみたいだ。敏感なやつだ。
 「魔導師が必要なんは、ドラゴンの火をよけるためじゃったんよ。大地の魔王は死人使いじゃけえ、お前の魔法は効かんじゃろう。ああいう手合にゃあ、勇者とわしがおれば充分なんよ。ここまでつきおうてくれたのに、まっことすまんのう。」
 「いや、いいのさ。ただ、思ったより、腕の奮い場がなかったなあって思ってね。拍子抜けしちまったのさ。」
 それ以上言葉を続けると感情が爆発してしまうかもしれなかったので、(オレたち魔法使いは言葉が武器になるので、感情に任せてしゃべることは御法度なのさ。)オレはあわてて二人に背を向けた。
 「じゃな、死ぬなよな!」
 オレはとぼとぼ歩いた。
 一人で歩く街道は、景色が暗く見えた。


八、オレは考えた。

 なんでこんなに気分が沈むんだろう?老師に呼ばれたときは、せっかくやってた研究をほおりださなきゃならなかったんで、うっとおしくてしょうがなかったはずだったのに。こうして一足先に帰れるなんて、ラッキーだって思ってなきゃいけないはずだのに!やりかけの研究の続きの事を考えても、ちっとも気が乗らねえのはなんでだろう。考えながら歩いた。オレは納得のいかないことは納得がいくまで考える性分なんだ。
 街道は、丸腰の男がひとりで歩くには危険が多い。二時間ほど寂しい街道をとぼとぼ歩くうちに、道のまわりの薮や崖に、たくさんの呼吸を感じはじめた。「帰れ」といわれたショックで、ひとりで街道を歩くオレが、化け物や盗賊どもにはカモに見えるっていうのに気付かなかったんだ!
 そうだ!やばい!オレ、生きて帰れないかもしれねえ!
 オレは声に出してつぶやいてみた。
 「どうしよう!なんてこった!気付かなかったぜ!」
 なんとなく、自分が危ないって気がしてきた。
 「こんなところで盗賊に遭ったら!・・・」
 「一巻の終わりさ、兄ちゃん!」
 薮の中から、目の鋭い、日焼けした、一目で没落傭兵だってわかる野人が、オレの独り言に相づちを打ちながらでてきた。オレの後ろの道にも、奴のなかまがオレの退路を断つためにでてくる気配がした。
 「そうだよな、一巻の終わりになっちゃうよな・・・」
 オレが盗賊に相づちを打ち返したので、奴は怒っていきなり剣を抜き、斬り付けてきた。オレは奴の服に、火を付けてやった。簡単だ。
 「やばいよ。独りで歩くのって、すげえ危なかったんじゃん!」
 これから自身が炭になるまで燃え続けるだろう盗賊に背を向けて、オレは自分を納得させるようにつぶやき続けながら、自分の周りに火の結界を張った。火の輪で自分を囲んだのさ。自慢じゃないが、オレは水ほどじゃあないにしろ、火の扱いは老師の弟子の中じゃ、いちばんできることになってるのさ。もっとも、この程度でやっつけれる盗賊も、雑魚中の雑魚に違いないんだが・・・
 オレが歩くと、オレのまわりの炎の輪もいっしょに動くから、後ろに立ってた半分イヌの盗賊は、あわてて後じさって、薮に飛び込んだ。崖の上から飛んできた矢も、火をくぐってオレに届く前に燃え尽きた。
 オレは自分を納得させるためにつぶやきながら、走り出した。炎の輪といっしょに!
 「助けてくれ!ルスラン!オレ、独りじゃ帰れないんだよう!殺されちまう!」
 これだ!これでしまいまでルスランとアリエールに付いてく理由ができたぜ!オレは自分の頭のよさにニタニタしてしまうのを押さえられなかったから、ニタニタした顔のままで走った。

 

九、ルスランが叫んだ。

 「こりゃ!待たんかアリエール!」
 奴の大声がこだまして、岩山に響き渡った。ほんとにこんな物凄い岩山が、たった一晩で盛り上がったんだろうか!そのときのオレはといえば、パンみたいにぶつぶつ穴の開いた岩肌を、登ったり降りたり手足を擦りむいたりしながら、苦労してルスランたちの後を追いかけてるときにこの声を聞いたのさ。
 「おおい、ルスラ〜ン!オレだ〜!ブーチコだ〜!」
 「おお、ブーチコ!」
 むこうの岩山の上に、ルスランが立ち上がるのが見えた。オレは奴のところへ登っていった。
 「あれじゃ!また逃げられたわ!」
 オレたちの立ってる岩はその辺じゃいちばん高かったから、岩山の岩の部分が外れまで見通せた。ルスランが指した先の、岩山が切れて畑がはじまっている辺りの道に、走っていくアリエールの赤い頭が見えた。
 「大地の魔王を見て、怖け付いたんじゃ。まじめな目で、闘うから鎖を外してくれといわれて信じたのが間違いじゃった。」
 ドラゴンの時と同じだまされ方かい。
 「追いかけよう。二人で手分けすれば、なんとかなる。」
 ルスランはうなずくと、先に立って岩を下りはじめた。
 ここから後は最初に話した通りだ。オレたちはウリ畑でアリエールを捕まえた。

 

十、大地の魔王は語った。

 「若者らよ、人の話も聞かずに飛びだしてゆくものではない。」
 オレは思わずつくづくと眺めちまった。今、オレたちの目の前にいるこの男が、一夜で岩山を築き、騎士団を一個小隊全滅させた男、王様の伯父上、大地の魔王なのか!
 ゴツゴツしたただの岩穴の奥にいるのは、ただの、やせこけた、ボロを着たオッサンだ。しかも突き当たりの岩壁によっかかって、今にもあの世へと旅立っちまいそうに弱ってるみたいだ。
 「オイ、ルスラン、魔王様、くたばりかけてんじゃねえか?」
 オレはルスランにひそひそきいてみた。ルスランは緊張して、目を魔王からはなそうとしない。
 「い・や・よ!か・え・る!あ・の人いや!こ・わ・い!」
 アリエールはアリエールで、何がいやなのか必死になってがちゃがちゃ鎖をほどいて逃げ出そうとしてる。顔がマジだ。
 「もう死んどるんじゃ。奴は。身体はもう死んどるのに、心は生きとるんじゃ。」
 「ただの死人使いなんだろ?」
 「自分の死体を操れる死人使いはおらんが。」
 たしかにそのとおり。死人使いだって、死んじまえばただの害のない死骸だ。死んでも死んだ自分を操ることができるのなら、これはもう「不死身」の一種ってことじゃん!不死身の奴を、どうやって退治するんだ?
 オレたちのヒソヒソ話なんかいっこうに気にせずに、大地の魔王は話を続けた。
 「何はともあれ、よく戻ってきた。我が領土へ。死の国へ。」
 よくみると奴の口はしゃべってなかった。奴はオレたちの頭の中に直接入ってきている!しかも、いつの間にか、オレの心は奴の心に溶け込みはじめている!オレがオレでなくなっていく感じ。足に力が入らなくなってきて、がっくりとひざを突いた。やばい!亡者の声だ!いや、それよりももっと強力だ!国土地理室のお役人と騎士達もこれでやられたのか!オレはパニックになった!アリエールのやつ、この感じが怖かったのか!なるほど!
 「ルスラン!逃げよう!やばい!こいつオレたちの頭の中を・・・直接・・・消そうと・・・!」
 「慌てるなブーチコ!慌てれば奴の思うつぼじゃ!奴の術はワシには効かんが!」
 ルスランの声は落ち着いていたので、オレも落ち着こうと思った。見苦しいより、カッコよく死にたいもんな。でも、オレの頭の中はどんどん魔王にかき回されてるのがわかる。これが今に真っ白になって、オレの身体は生きた死骸になっちまうんだろうな!王様の国土地理室のお役人みたいに。くそ、こんなところでおしまいなのか!
 「我は大地の魔王。大地の秘密を得たる者なり。大地は地にあらず。この世の生けとし生きるものすべての魂の大地なり。生者の根源を怠惰にして唯一に融合することこそ我が望みなり!」
 言葉が難しいが、要は、この世の生き物すべての魂を抜き取って、ひとつの怠惰な、つまり、暗黒の静かな団子に馴らしちまいたいらしい。みんな最初から黒ければ白だ黒だの争いもなくなるというんだろう。でもオレは人といっしょなんてのはいやだ!この世のほとんどの生き物もそうだろう。
 「いやよ!あたしはあたし・なの〜!げ・・・」
 アリエールも同じ意見らしい。首輪がしまって息が詰まるのも構わずに逃げようとしている。
 ルスランは緊張した顔はしているものの、いっこうに動じた気配はなく、鎖はアリエールに引っ張らせたままで、死骸の方を見つめ、僧侶がやるような手付きをはじめた。空に神秘文字を書くというやつだ。奴の前に、一目で神聖系とわかる空気の中の力が、光として集まりはじめている。こいつ、力自慢じゃなくて、僧侶だったのか!?
 オレの頭の中の混乱が、だんだんと元に戻りはじめた。ルスランが周りの怠惰を押さえ付けはじめているということなのか?ならばそれだけでもかなりの技だ。王様に呼ばれるだけのことはある!
 「さあ、伯父上よ、姿を現せ!ワシに不満を述べよ!」
 ルスランが死骸に向かって呼び掛けた。ルスランの光が岩穴の闇を徐々に消し去りはじめた。隠れなければいけないようなやましいものを、すべて目の前に引っ張り出すつもりなんだろう。さらに驚いたことに、光は岩までも消し去りはじめた。オレたちは何も無いところに立っていた。死骸も消えて、かわりに黒い、人型の影が立っていた。こんなに明るいのに、その人型は黒いまんまだ。オレは目を凝らしてそいつがどんなやつか見極めようとしたけど、そこになにかあるという感じだけで良く見えないんだ!薄気味の悪い黒さだ。
 「アリエール、出番じゃ!」
 ルスランは顔を反らさずに手探りで腰の鎖を手繰り、後ろ手にアリエールを捕まえた。そのまま自分の身体の前へ、アリエールを盾みたいにかかげた。光の中心へ。どうしたことか、アリエールはもう逆らわなかった。奴の身体が光を帯びた。
 「聖なる光よ!勇者の胎内に集いて、勇者の身体もて、暗黒の意志を砕きたまえ!三つの名をもて、勇者アリエールの身体に命ず!・・・.」
 続けてルスランが叫んだ三つの名前は、初めて聞くものだったし、発音がめちゃめちゃに微妙で一回聞いただけじゃ、おぼえられなかった。まあ、とにかく、ルスランが名前を称え終わると、アリエールは剣を抜き、光り輝く身体ですたすたと何もない空間を歩き、黒い人型に歩み寄ると無造作に三回斬り付けた。一回振るたびごとに、さっきルスランが叫んだ名前をひとつずつ唱えていたような気がする。

 「さあ、ブーチコ、済んだぞ、帰るんじゃ。」
 ルスランがバカ力でオレの肩をたたいた。オレがはっとして辺りを見回すと、岩穴はもう、元通りに暗くて、三つの刀傷を刻まれた大地の魔王の死骸は、早くも崩れはじめているのが見えた。
 「己の命と引き換えによこしまを起こした伯父上は、もう完全な怠惰の元へ送ってやった。これで王様も安心じゃ。」
 肩にグンニャリしたアリエールをかついでる。
 「アリエールはのびてるだけじゃ。さっきは胎中に神聖の力を送り込んだんじゃ。勇者の不死身の身体でないと、普通の娘にあがあなことしたら焼け死ぬけえのう。」
 岩山を下りた。さっき目の下に広がってた、一面のウリ畑は枯れて、夏なのに秋みたいだ。
 「おや、ウリが跡形もないのう。」
 「ありゃ、ウリじゃなかったのさ。」
 「?」
 「ありゃ全部、大地の魔王の手下になるはずだった魔物どもを、ウリの形に変えて地の養分で養って育ててたんだそうだ。充分に育ったとこで、一斉に魔物の本分を取り戻させて、オレたち人間様のところへ攻め込ますつもりだったらしい。それからそいつらにあのおっかねえ力を中継させて、オレたちの魂を平らに馴らしちまうつもりだったんだろ。」
 銀貨一枚と引き換えに、さっきのニセ百姓が教えてくれたのさ。奴もまさかオレたちが魔王を退治しちまうとは思わなかったんだろう。
 「あれ・・・ウリじゃなかったの?・・・。」
 いつの間にか正気に戻ってたらしい。アリエールはあおい顔をしている。
 「お前、喰ったの?」
 「た、食べてないよ!そ、そんなの・・・」
 でも顔があおい。まあ、きっとさっきの戦いのせいで疲れたんだろ。オレは好意的に解釈してやった。
 オレたちはまっすぐ王様のとこへ戻った。

 

十一、ルスランは報告した。

 「まあ、伯父上も、いろいろあってこんなことにはなったが、決して悪人ではなかったのじゃ。かわいそうな人でのう。白くなりすぎて、黒くなってしまわれた。」
 ルスランの報告を聞き終わると、王様は悲しそうな顔で、笏の先にはめ込まれた宝玉を見つめながらつぶやいた。
 「すっかり次の王位を継ぐつもりでおられたのに、王位は予が元に来てしまった。いちばん王位にふさわしかったのは伯父上なのに。」
 「そう言うな、伯父上は王になるには、臣下への受けが悪すぎたんじゃ。ワシと同じくな。」
 いくらなんでも王様にタメ口はヤバイだろう。オレはルスランのひじを突いた。
 「オイ、ルスラン、王様にきく口じゃないぞ!」
 「おお、魔導師ブーチコよ、良いのじゃ。ルスラン殿は、実は予の兄なのじゃ。腹違いではあるがのう。」
 「・・・.」
 オレとアリエールは、お互い今までで一番のバカづらを見合わせた。兄貴だって!
 「これは失礼をば・・・いや、今は王家とはなんの関係もないんじゃが、つい昔のようなつもりになってしまってのう。」
 王様に向かってルスランは赤面して謝った。
 「それはそうと、勇者アリエールよ、役目大義であった。」
 王様の呼び掛けにアリエールは堅くなった。
 「過ぎしアカテア峠の戦いにて、わが軍大敗北の折り、そなたの父上も武運つたなく俘虜となりしが、日頃猛将とよばれしアリョール公だけあって、俘虜は恥、恥かかば飽くまでとばかり、当時囚われし十二公すべての分の身代金を肩代わりされたのじゃ。いや、あっぱれと、敵味方驚いたものよ。予は当時まだ幼かったが、その騎士ぶりに惚れてのう。王となりし今、その武にどうにか報いんものと、かねがね心掛けてきたのじゃが、今回、娘御のそなたが見事手柄をたてたので、まっこと、嬉しいかぎりじゃ。よって褒美を取らす。受け取ってお家の建て直しに使うがよい。」
 アリエールの顔が、くしゃっと崩れて、奴はそれを隠すためにひざまずいたけど、その足下のじゅうたんが一滴分、ぽたっと湿ったのがみえた。
 その後でオレも王様の言葉をいただいた。やっぱ嬉しいよな、こういうのって。

 「サア、ここで別れじゃ。ブーチコ。縁があったらまた会おうのう。」
 お城をでると、ルスランはいきなりオレに挨拶しやがった。オレはうなずいた。今度こそ本当のお別れだ。少し寂しいが、これも人と人との縁というやつだ。
 その時はキッパリそう思ってたんだが・・・


十二、オレ様の語りは続く。

 いつも通りの魔法生活に戻ったオレだったが、なんかこう、どうもしっくりこねえ。研究も頭に入りゃあしねえ。どうも、旅の楽しさに取り憑かれちまったみたいだ。老師にゃあ叱られるし、はやく頭を元に戻さなきゃと焦るばっかりの散々な毎日だった。
 そんな毎日で少しブルーになってたとき。
 「ブーチコ!おるか!」
 懐かしい声だ。おっかないけど懐かしいルスランの声に、オレは娘っ子みたいに戸口へ飛び出した。
 「ルスラン!」
 オレはニヤニヤするのを押さえられなかった。友達なんて物は持ったことがなかったから、たまに持つともう取り止めもなくだらしなくなっちまうもんなんだなあって思いながら。
 「どうしたんだい?また魔王でも出たかい?」
 奴はオレの軽口には答えずに、奴らしくぶっきらぼうに答えた。
 「アリエールの奴が、また逃げよったんじゃ。」
 「?」
 ルスランはアリエールを無事に家まで送り届けた。そこまではアリエールも素直だったらしい。問題は戦争の話になってからだ。アリエールは身代金のことを王様に聞いたことを話し、知らずに親を軽蔑していたことを素直に親にわびた。そこまではよかった。
 「ああ、あれ?」
 アリョール公は照れ臭そうに笑いだしたそうだ。
 「あれは大いなるうっかりであった!あの時は拙者、せめて部下の命は救わんと、保釈金を積み立てたのであるが、領地へあてた手紙の金額を一桁、間違ってしまったのだ。届いた金の山を見た敵将はたまげてな、幸いにも騎士道盛んな男であったので、この金高ならと、捕虜にした全員を返してくれたわけよ。あはは」
 以外に豪毅な殿様だ。しかし、これをきいたアリエールの顔が、髪の毛と同じくらい赤くなったっていうルスランの言葉にオレは大笑いをした。

 「・・・そんなうっかりでアタシはこんな目に遭ったの!というなり、さっと走って飛び出しっていったきりなんじゃ。お父上はお困りでのう、ワシに娘を連れ戻してくれとな、頼まれたわけじゃが、今度ばかりはどこにも見つからん。一人で探すにも限りがあるがあ。おまえ、ワシに手伝ってくれぬかのう?」
 「全く、困ったアマッチョだぜ!」
 オレはしかめっ面で腕組みをしてみせた。内心ではアリエールに感謝して。
 「で、どこから探す?」
 こんなにウキウキするのは何年ぶりだろう!?オレの心はもう旅の空にあった。

おしまい

 

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