暗い海に、黒い色の鉄の筒が浮かんでいる。筒の中には、8人の男たちが窮屈な格好で押し込まれている。
ひとりは指揮官で、一番前にひざまずいて舵を取る。あとの7人は黙って目の前のクランクを息を合わせて回している。クランクは筒の後ろにあるスクリューを回転させ、彼らを沖の目標へ運ぶ。
暗い筒の中に男たちがクランクを回す息遣いが聞こえる。彼らはもう相当長い時間この作業を繰り返している。
やがて、指揮官がさけぶ。「目標が見えた!もっといっぱい漕げ!」7人の男たちはふうふう言いながら、クランクを気合を入れていっそう早く漕ぎ始める。汗で艇内はむっとする。しかし文句をいうものはいない。みんな目標をやり遂げるために一心に漕ぐ。興奮して漕ぐ。
やがて、鉄の筒にガンガンと銃弾が当たる音がし始める。敵船が彼らの攻撃に気がついたのだ。だがもう遅い。近すぎるので、敵船の大砲は下を向いても彼らの「CSS ハンレー」を捉えることができない。 「漕ぎ方やめ!」指揮官が叫び、7人の男たちはクランクを止める。直後に鈍い衝撃とともに艇の行き足が止まる。
「刺さったぞ!後進全速!」指揮官が興奮して叫ぶ。7人の男たちも興奮して全力でクランクを逆転させる。
艇の舳先からながく伸びたスパーの先の水雷は、的船(まとぶね)の舷側に突き刺さって取り残されている。そこから伸びた索は、艇の視察塔後ろのリールに繋がり、そのリールからは艇の後進にしたがってどんどん索が繰り出されていく。爆発しても安全な距離まで下がるのだ。
ついにリールが空になる。伸びきった索がぷっつりと緩んだ瞬間、大爆発が起きた。
爆発はハンレーの乗組の男たちの予想をはるかに超えて強力で、艇は後ろに突き飛ばされ、水流で逆転したスクリューからの力で男たちの手からクランクがもぎ取られた。
運が悪いことに、このとき衝撃で潜舵が上向きになってしまった。後進した潜水艦は艇尾を急角度に海底に向けて進み、舵とスクリューが海底にぶつかって破壊された。
彼ら8人の男たちは、浮上するすべを失い、ハッチは水圧で開かず、バラストも切り離すことができず、脱出は不可能だった。彼らを照らすろうそくの明かりが小さくなり、疲れきり、全てをあきらめた彼らは、眠るように息を引き取っていった。
彼らを送り出した地上では、爆発とともに青色信号灯を目撃したため、英雄たちは意気揚々帰ってくるものと喜んだものの、ついに彼らは帰ってこなかった。青い明かりは、攻撃された北軍の船の救助のためのものであったようだ。
・・・なんて、このキットを作りながら空想してしまいました。良いキットです。可動部分とかありませんが、可動にするのも結構楽で、1週間で完成したよ!
CSS ハンレーは、南北戦争期に開発された南軍の軍艦であり、世界海戦史で最初に敵艦を撃沈した潜水艦です。
南北戦争といって思い浮かぶのはペリー来航とかトム・ソーヤーの冒険とかでしょうか。
トム・ソーヤーの世代の少年が青年になった頃がちょうど南北戦争の時代であります。
ハンレーは、潜水艦の歴史の本を読むと、その、人力「7気筒エンジン」の図解とともに必ず登場します。
動力は人力です。指揮官以外は全員スクリューにつながったクランクを手で漕ぐための要員です。
彼らはガレー船の奴隷とは違い、全員志願によってこの光栄ある任務についています。こう書くと、やはり思い出されるのがトム・ソーヤーの冒険の塀塗りのエピソードです。彼らにはどちらの仕事も男らしく、魅力的で輝いて見えたのです。そういう時代でした。
ハンレーは1864年の2月17日、サウスカロライナ州チャールストン港沖5マイルにいた北軍の軍艦フサトニックを、そのスパートーピドーで撃沈するも、自らも還ってくることはありませんでした。
ぼくが子供の頃の読み物では、敵を爆破した自らの水雷の爆発に巻き込まれて沈んだことになっていましたが、2000年に残骸が発見され、引き上げられたことにより、沈没時には艇内の気密は破れておらず、乗員の遺骨の状態から、彼らは静かに炭酸ガスによって持ち場で亡くなったようです。
残骸からは乗組員の遺骨や遺品が非常にいい状態で発見され、復顔と分析の結果、彼らがアメリカで育ったのかヨーロッパからの移民一世かまでわかったようです。ネットで見られる遺品の数々は、彼ら8人の冒険者たちの御霊が語りかけてくるようで厳かな気持ちにさせられます。考古学というのは非常にエキサイティングな学問ですね。
指揮官席付近を右舷前方から見たところ。
視察塔のハッチは可動にしてみましたが、ハッチ裏側はもっとごっついロック用クランプが存在するようで、この写真のようにシンプルではありません。クランプが邪魔でハッチを閉めるとタワーに頭が入らないとか。
タワーの後ろにあるのは可倒式のシュノーケルです。指揮官席にはガラス管式の深度計がついていたので、シュノーケル深度まで潜るといった芸当もできたのでしょう。バララ〜〜〜〜〜!!とか叫びたくなります。
その下の糸巻きは、艇首の水雷を起爆するためのケーブルを巻いたリールです。
舵は、このように指揮官席からの操作でテコを左右にスイングすることで鎖を引っ張り、舵面を左右に振ります。
舵の舵面は引き上げられた残骸の下から見つかったようで、沈没時に脱落したものと思われているようです。
キットのスクリューはエッチングで、結構面倒くさかった。舵面周りのパーツは可動にするために作りなおしました。キットのはもうちょっとコンパクトにできています。
水雷をつけるスパーは可動式で、水雷をつけるときに水面上に持ち上げるために索で上に引っ張り上げることができるようになっているようです。
その索を付ける部分は、キットの指定だと艇首上に開いた穴に結ぶということなのですが、キットの箱絵にも使われている、1902年辺りのイラストには、艇首上に張り出した、並行したスパーが描かれているのと、引き上げられた残骸の艇首左舷側面に意味不明な構造の跡が見られるので、独自解釈でスパーを取り付けてみました。
真上から見たところ。なかなか近代的な形をしているのではないでしょうか。潜舵がすでに存在しているのが驚きです。なぜこんなに長いのかなぞですが。
後部ハッチ。引き上げられた残骸ではこちらは脱出しようとした形跡はなかったそうで、がっちりとロックされていたようです。
ハンレーの攻撃手段は艇首から伸びたスパーの先に取り付けられた水雷です。先に槍がついています。後ろにはバネじかけの、引っ張って離して撃発させる信管がついています。
クランク要員が全力で漕いで艇の先を的船の木製の舷側に押し付けることで水雷の先の槍を突き刺し、今度はクランクを全力で逆に回してバックし、安全な距離まで下がります。水雷につながった索がリールから全部解けて伸びきると、索は水雷後ろの発条仕掛けの撃針を引っ張り、多分撃針と索をつなぐ、強度の弱いワイヤなどでできたリンクが千切れることで撃針を開放し、開放された撃針が中の雷管を叩くことで水雷が爆発します。
底には鉄のバラストがボルト・オンされていて、緊急時には切り離して浮かび上がれるはずだったのですが、不運なことに切り離せなかったようです。
キットは内側にもフレームのモールドがあって、内部再現にチャレンジしたい気持ちにさせてくれます。しなかったけど。こういう姿勢は大好きです。
お風呂で遊べるようにおもりを入れました。全体の重量が160グラム強くらいになるように入れると潜舵まで沈んで浮きます。
大きさ比較のためにおにゃのこフィギュア(フルスクラッチ)を並べてみたよ。
彼女の身長は170cmくらいです。