12. ネーコの冒険
ここからはひとりでゆこう
きょうからはひとりでゆこう
おなかへった。
ネーコはとぼとぼ道をゆきました。なんの用意もなく、ほんとうにそのまま飛び出してしまったけれど、あのままヤールガーマス師の家にいることは、たまらなくつらくて、パーチクとハーコが仲良くしてるのを見るのが、たまらなくつらくて。
とぼとぼ歩く道は、お日さまが照っているのに、昼なのに、暗くてよく見えない気さえします。
「わたしって、パーチクからしたら、ただの猫なんだよね。フェリシアのたましいと関係あるからいっしょにいるだけで。フェリシアのたましいのことが終わったら、パーチクからみて、ただの猫になっちゃうんだよね」
そう思ったら、なんだかすごく自分がかわいそうになって、涙がでてきたので手でぬぐいながら歩きました。
「ハーコみたく、けーやくすればよかった…でも、けーやくじゃいや!ふつうに恋人がいいの…」
でも、にげだしちゃたら恋人もなにも…
「オイ、お嬢ちゃん、どこいくんだイ?」
ききおぼえのある声に、はっとふりむくと、道のまんなかにすらりと立つヒリヒが。
「と、盗賊さん!」
あわてて顔をこすりました。
「斬りあいにきたの?」
ヒリヒは思わず笑いそうになりました。じつは斬りあいたかったのですが、ネーコのとぼけた問いに拍子が抜けてしまいました。でもこいつ、泣いてたのか?そこに気がついて、さりげなく方針を変えることにしました。おもいきって。
「勝負もいいけどナ、今日はチョットちがう用件なのサ。オマエ、盗賊やってみたくなイ?」
「ひとのもの盗るの、悪いことなんだよ」
ヒリヒはいきなり自分のなりわいを悪いことにされてしまって、これが別の人だったら殺そうとしたかもしれませんが、なぜかネーコにいわれてもぜんぜん腹が立たなかったのでニヤニヤしながら猫なで声をだしました。
「それはナ、食うや食わずのヤツの、なけなしのモノを盗るのは(そういえば、ネーコたちのなけなしの服をみぐるみ取り上げようとしたんだっけなどということは思い出しもしませんでした)ソリャ、悪いやつのすることサ。でもナ、オレたち盗賊も貧乏なかわいそーナやつらの仲間だからナ、ありあまってるやつから、チョイとくすねてもいいのサ。やつら気づきもしねえくらい盗っても、オレたちにしたらカナリのもんなんだゼ」
「ふうん」
ネーコが興味を持ちはじめたので、ヒリヒは彼女といっしょに道ばたにすわりこんで、すかさず盗賊家業のおもしろいことをたくさん話して聞かせました。
「おめえ、足音静かだし、身のこなしがイイから、ゼッタイいい盗賊になれるゼ!オレがチョイとコツを教えればナ!」
ネーコはほめられていい気になりました。ほめられてうれしいのは人も犬もネコもいっしょです。ついにその気になりました。
「ほんとに盗られてもこまらない人がいるの?すごい人だね」
「アア、川に魚がいるのを捕っても川は怒んねえダロ?気づきもしねえヨ。やつらは川で、やつらのカネは魚みてえなモンだ」
「魚とるんならいいよね。いっぱいいるんだもん」
お金持ちだって、苦労してためたからたくさんもってるので、魚にたとえるなら川にいるのじゃなくて、人が苦労してたくさん捕ってきていけすに放した魚を盗るのと同じことで、ヒリヒの理屈は出発点から間違っているのですが、このへんな理屈にネーコはすっかりだまされてしまったのです。
「オモシロソーダロ?いっしょにきなヨ!」
ネーコはヒリヒについていくことにしました。
パーチクとのことは、いまは考えたくない。盗賊さんといっしょにゆく先には、なにか、とってもわくわくすることが待ってる気がしたんです。
ヒリヒは新しい手下一号ができたので、うきうきしています。しかもいままでのような油断のならないむくつけき野郎どもじゃなくて、へんな耳だけどかわいい女の子です。おまけにふところはこないだお城にデ・ロタールを売ってもうけたお金とネーコたちがお城からもちだした高級寝巻きを売ってもうけたお金でかなり豊かだったので、ネーコにいいところを見せようと、彼女を町に連れていくことにしました。
「オレには酒!このお嬢さんには魚と鳥の焼いたノ!ネエちゃん、チャンとオレサマが味見するからナ!手抜きすると、店がオモシロイことになるゼ!」
ヒリヒのおどしだか注文だかわからないしゃべり方に、ネーコはうきうきした気分になりました。目の前にだされたおいしい料理を食べ、ヒリヒが飲んでる「酒」というものに、興味がわいたので、おねだりをしてみました。
「オ?飲んでみるカィ?」
運ばれてきた酒のコップに、恐る恐る鼻を近づけてみました。いいんだか悪いんだかわからない香りがします。でも、これを飲んでる人たちはみんな楽しそうです。恐る恐るなめてみました。ぴりっとする舌ざわり。ちょっと飲んでみました。「げほっ」なにこれ!おなかにしみる!
「これが盗賊の味ヨウ!…キツかったか?ビールにするか?」
そんなことないヨ!つよがってきついのを飲み干しました。もういっぱい!なんだかあったかい!もういっぱい!
ヒリヒがちょっとあわてた声で、「オイ、もっとユックリ飲みナ!」という声が、なんだか別の世界からの声みたい。うい〜い。
「とうぞくたん!」大きな声が出ました。もうろれつが回ってません。
「ナ、なんだヨ!」ヒリヒもちょっととまどってます。
「ネーコはくるちいんでありましゅ!」
「ア?ああ、吐きそうなのカァ?」
「ちゅがうであるます!しゅきなしとが…ちゅきなちとに、ネーコの心を、みしぇたいのにごらんにできなひのでありまひ」
ヒリヒはネーコのへんな話しっぷりがおかしくて腹を抱えて大笑いしましたけれど、ネーコが本当にいいたいことの意味とまじめさはよくわかったので、答えは彼なりにまじめなものでした。
「そりァ、オマエ、思い切ってみせっちゃうしかねえんだヨ!マ、オマエをフるヤツはまずイネエヨ!オメエ、いいコなんだからよォ、ゼッタイ、おまいの勝ちヨ!」
「そっかにゃあ、しょうういえば、おもいきってってって、パーチクにいったにゃあ…」
「まあナ、他人にャけっこう簡単に言えるんだよナア、その魔法。でも、自分でヤルのはけっこー気合いがいるからナア」
「とうぞくたんはしゅきなしとにこころをみしぇたことはあいましか?」
急に聞いてみたくなって、ネーコはたずねてみました。
「そうだなア、オレもそっちじゃ、意気地のネエ小僧だったなア、ウン、なんか、話したくなったゼ。オレのグチ、きいてくれるかイ?」
「とうぞくたん、ききたいれしゅ」
ヒリヒも、これはいい機会だと思いました。自分の心に苦く残るあの悲しさを、目の前にいる娘にあらいざらい話せば、なにかが変わるかもしれないと思いました。そこで、話しはじめました。
ヒリヒがまだ西ボリグの騎兵連隊にいたころ、ちゃきちゃきの騎兵だったころ、非番のときには駐屯地近くの村の盛り場に出かけて命の洗濯をしたものでした。いかがわしい酒場の、いかがわしい娘にお金を払って兵隊ぐらしのうっぷんを払うことは、兵隊たちにとっても、兵隊たちをなだめてうまく使いこなそうとする軍隊にとっても、とても大事なことでした。そして、そのことで生きるために食べたりお金を返さなければいけなかったいかがわしい娘たちにも大事なことでした。年ごろの兵隊たちと、いちおうそれなりの年ごろの娘たち。
ところで、ヒリヒにはお気に入りの子がいました。いつもみんなにニコニコして、やさしい目をした陽気な娘。
「名前は…ああ、マアいいじゃんか。忘れたのサ!」
彼女は酒場で一番人気でしたから、近づくのも楽じゃありません。いつも彼女とともに消えてゆくのは古参の軍曹や伍長どの。ヒリヒのチャンスはめったにありませんでした。
「そのおんにゃのひと、たくさんの男の子にしゅきっていわれて、たいへんでしゅ」
「ま、まあナ、軍曹ドノや伍長サンはお土産ももってきたからナ」
「おみやげ?」
「軍隊で手に入るものの中にゃア、地方じゃア貴重品扱いのモンも多いのサ。ちょっとした小遣い稼ぎになるから喜ばれんだヨナ」
ネーコには「軍隊」も「地方」もよくわからなかったことでしたが、ヒリヒは女の子にあげるプレゼントで差をつけられていたということは感じ取ることができました。
「それでもたまにゃアうまく一緒になれることもあったのサ」
ヒリヒとその女の子は、いつもたあいもない会話をしてあいびきののこり時間をつぶしていたのですが、あるとき彼女はこんなことをいいました。
「兵隊さんは、いまのままでいいと思う?」
「いまのママって、マア、戦争でもおこんなきャ、ずっといまのママ、運がよきゃア、オレとおメエはたまにこうしておたのしみでぬるい話ができるっテもんサ」
女の子は赤い髪をだれかにもらった櫛でときながら、口をとがらせていいました。
「わたしには耐えられない」
そのまま仰向けに寝台にころがって、「ここで腐ってゆくの、耐えられない…」
「めずらしいネ、オマエがそんなにクラいノ」
そしてヒリヒはハッとしました。泣いてる!いつもにこにこしていたあの娘が!
「いじめられたのカ?あのクズの伍長カ?」
「あの人は優しくていい人…わたしには…」
「ジャ、だれなんダ?」
「だれでもない…ただ、‥ただ、ここじゃないせかいもみてみたいとおもったら…ごめんなさい…」
ここまで話したところでその日は時間がきてしまいました。それからのヒリヒは、非番の日には異常なまでに彼女のまわりを見張るようになりました。
「マア、青かったのサ。マジメに思い込んじゃっタってわけヨ!涙の魔法サ!」
ネーコは酒をもう一杯おかわりしました。ヒリヒの話がおもしろい。
「それからそれから?」
そのうちに、ヒリヒは彼女の元にみなれない下士官がきていることに気がつきました。あんな下士官はウチの部隊にはいねエ!でも、どこかで見たような…そうだ、連隊本部のパシリ副官じゃネエか!下士官/兵用の女のとこに士官が下士官のカッコでキテやがる!キタネエ!しかもこの副官、ヒリヒはあの越境事件のときのワナを考えたのはこいつだろうと踏んでいました。そこである非番の日、彼はどこにも行かずに、連隊本部の前で張り込みました。副官がでてきたので、気づかれないように後をつけました。案の定、彼は途中で隠れて軍曹の服に着替え、彼女がはたらく宿に入ってゆきました。ヒリヒは彼女の部屋の上に忍び込みました。
二人が服を脱いだところで、ヒリヒは天井からおりてゆきました。
「だ、だれだ…アっ!…」
ことばをのむ副官。胸を抱きしめる娘。
ヒリヒはこの娘のための計画を立て、この娘のために副官を利用するつもりでした。
「マア、アンタ、いまハダカだし、そこにある軍曹の服も、あんたの身分を示さネェし、だいいち、ここにゃアハダカの将校はいちゃアいけねえことになってるから、声ださねエほうがいいヨ」
「ど、どうするつもりだ、き、きさま…」
「服を着て、ムリヤリそのコを連れ出せ!オレは隠れてオマエに(手に持った小さな弓を見せながら)狙いをつけておいてやる。オレ、射撃記章もらってんノ、しってるよナ。ヘへ、貴族の中尉ドノが軍曹の服着てこんな宿で死んでみナ?貴族のおウチも含めて、オモシレエことになるヨ」
軍曹の服を着た中尉は娘にも服を着せ、おびえながら宿をでました。宿の主人は軍曹の正体を知っていたので、軍曹が余分にカネをわたすとニヤニヤしてふたりを送りだしました。
ヒリヒは矢の届く距離から騎兵の技、遠くから聞こえる小さな声の術をつかって軍曹に指図します。二人は街からでて、荒野へ。しばらくいかせてからヒリヒは追いつきました。
「ごくろーサン。これで、街のやつらァ、アンタがこの子を連れて逃げたと思うだろうヨ。身分違いの駆け落ちってナ、世間知らずのお坊ちゃんがたにャ、タマにゃある話しヤネ」
といいながらヒリヒが剣を抜いたので、貴族の男はハッとおびえた顔になりました。
「斬っちゃったのれしゅか?」
ネーコの問いに、ヒリヒはうなづきました。
「ヤツメ、泣きながら逃げ出してナ、岩場を逃げ回って、面倒だから岩ごとタタいたら、両方切れたのヨ。たまたま岩の目にイったんだろうなア…・」
「かわいしょう…」
ネーコはつぶやきました。
「かわいそーなのはオレ様ヨ!ヤツを斬り捨てて、アノ子のとこにもどったダロ?気分はすっかり弱きを助ける騎士サマヨオ!」
立ちすくんでいる娘のところへゆき、肩をたたいて、できるだけやさしく、「おまいは自由だ。あの中尉ドノがサラって逃げたコトになってるからナ。いまからオレが遠い町に連れてっテ、そこで自由にしてやるのサ」
娘は目をつぶってふるえていました。ヒリヒが彼女の肩に手をかけると、びくっとして、小さな声で、「こわい…」といいました。それから顔がくしゃくしゃになって、「ひとごろし!いや!だれか!たすけて!」とおおきな声で叫びだしました。
「ナ、ナニいってんダ、オレァ、オマイがヨソにいきてエっていうから…」
いいわけに耳も貸さないで娘は座りこんで泣き叫んでいます。ヒリヒはあわてました。彼女を落ちつかせようと手を伸ばすと、彼女はますます泣き叫びながら逃げだそうとしました。ヒリヒはさすがに頭にきて…
「女の子もきっちゃったのれすか?」
「さすがにオレもカッとしたけど、それはできんかった…だから当て身をくれて、かついでいったのサ。となりの街、そのとなりの街でも、あのコはオレに心を開かんカッタ。悲しい目でオレを見つめやがる…二度と笑わんかっタ。だから、ある街で、カネとイッショに置き去りにしたのサ」
ネーコも悲しい目でヒリヒを見つめました。
「とうぞくしゃん、ひとの気持ちって、よくわかんないものでふね」
「アア、よくわっかんねえもんヨ。とくに、男と女のお互いの気持ちはナ!」
「うわああん!」
「ウ、な、泣くナ、ナ、オレたちゃ斬りあってわかりあってるじゃネエか!ア、コラ!ネエちゃん、これは痴話ゲンカじゃネエんだ!見てネエでアッチいってモ〜一杯づつ酒だ!ホラホラ、ネーコ、泣くんじゃねえヨ…」
「うえええ…」
…
ぐでんぐでんになって泣いたり吐いたり大変なネーコをかつぐように宿まで連れ帰ったヒリヒは、めずらしくすっかり疲れていましたけれど、水を飲んでベッドに寝てしまったネーコの顔をみると、うれしそうにニッコリして、自分は床に横になったのでした。
つぎの日、ネーコは目がさめてからずうっと、天井が回るやらおなかが気持ち悪いやらで、いちにち寝床にひっくり返ってウンウンうなることになったのはいうまでもありません。
数日後…二人は、どこか見たことのある道を北へ向かっていました。
「アチコチ調べたが、やっぱいちばんカネもってんのはオマエも知ってる、あのメブチの殿様なんだヨ。オレも見たことあるんだが、城のまんなかに宝の井戸があるのサ。そこからお宝がザックザックとでるらしいのサ。で、オレ達はそれをちょっぴりイタダいて、ゴチソウ食べようってワケなのサ」
「トリとかサカナ?」
「それからタマネギとかぶらもだ!へへ、ワクワクするダロ?」
「うん…?」
ネーコの耳が、ぴくっと動きました。ふり返って、見上げる空に、鳥が飛んでいるのが見えました。すずしい色の小鳥。
「ハーコだ!」
小鳥はネーコの目の前までおりてきて、ネーコの目の高さで羽ばたくと、人間に近いハーコの姿にもどりました。
「やっとみつけた!ネーコ!なんでいなくなった?みんなしんぱいしてる!なんでひとりででかける?」
ヒリヒはこのはだかのハーピーをどうしようか考えました。この野郎、セッカクついてきたネーコを…・!
「盗賊さん、ハーコきっちゃダメ!」
ネーコに釘を刺されて、しぶしぶそっぽを向きました。でも耳は澄ませていて、ネーコがどうするか読もうとしていました。彼にはめずらしく、祈る気持ちで。だって、彼女があの小僧のもとに帰るって決めたとしても、彼には力ずくでとめることはできなかったから。でももっと彼女と一緒にいたかったから。
「ハーコ、よくわたしをみつけたね、心配かけてごめんね。でも、わたし、いま、パーチクのとこにもどりたくないの。あのね、きらいになったんじゃないんだよ、ぜったいもどらないんじゃないんだよ。ハーコにだからゆうけど、わたしね、自分が弱いと思ったの。パーチクがハーコと仲良くしてるとこを見て、いっしょに仲良くしよって言えなかった!にげちゃったの。猫のわたしを、猫じゃなく好きになってって、いえなかったの」
ハーコはこまった顔をしました。首をかしげて。
「なかよくしよって、もうなかよかったのに、ネーコ、かんがえることむつかし。ハーコわかんない」
「ううん、わたしも言っててよくわかんないんだけど、でも、とにかくもどりたくないの。もっとゆっくり、考えたいの」
このとき、ハーコの目を通してネーコの話を聞いていたパーチクは、ネーコが、しょせん猫だと思っていたネーコが、こんなにいりくんだ心を持っていたことに驚き、自分がネーコのことを、心の底でまだ見下していたことに気がついて、顔が赤くなるのを感じました。これは悪いことをした!はずかしい。パーチク、おまえは日ごろひとを見下すのがキライだなんて言っていて、その実、見下しまくりじゃあないか!ああ、はずかしい!
ハーコに、あきらめて帰るように心でつたえました。これは、うまい機会をみつけて、あやまらなきゃ。ああ、ぼくはどうして人の気持ちをわかってあげられないんだろう…
「じゃ、ネーコ、ハーコまたくる。きをつけて」
ハーコはせのびしてネーコの顔に鼻をおしつけると、ふたたび鳥の姿にもどって、南の方へと飛んでゆきました。
「さあ、いこ、盗賊さん」
「アノきみワリイ子供、オメエの弟じゃなかったのカイ…」
「わたしの好きなひと」
「オメエ、苦労するゼ」
「うん、きっと、へーき」
たしかに平気かもしれない。この子は明るいや。でも、あの娘も表向きは明るかったもんナ。ヒリヒはここまでで悩むのをやめました。とりあえず、こいつとはしばらく楽しくにぎやかにやれそうだ。
「じゃア、いこーカ!」
「タマネギとかぶら!」
まずは練習。二人は、メブチ領に入る前に、何軒かレドとメブチをつなぐ街道ぞいのできるだけ豊かそうな家を狙って忍び込むことにしました。大商人、大騎士、大地主。
ネーコははじめて忍び込んだお屋敷に、とっても興奮しました。お金持ちは、お金持ちなだけに自分の財産をやすやすと他人にあげるわけがありませんから、とうぜん、自分の家は厚くて高い塀で囲い、盗賊にとられるよりははるかに安いお給料でウデにじまんの手だれを見張にやとい、人より重くて恐ろしい犬を飼ったりしているものです。ヒリヒは酒場のケンカは大好きだったけれど、こういう家に忍び込んだときはまるで気配を消していて、ネーコから見ても猫みたい。足音もたてずに塀をこえ、殺気で犬をちぢみあがらせ、見張には気づかれないようにわきをすり抜けてしまいます。ネーコはただついてゆくだけ。ヒリヒが金蔵の錠前を魔法みたいに開けるのをぼおっとながめ、金蔵に入ってはじめてヒリヒの手伝い…袋に金貨を集める…をして、もてるだけの金貨を袋に入れたのをかついで、ていねいに錠前を戻し、入った道を引き返す…これでおしまいです。だれもお金をとられたことには気がつかない。こんな盗みを二度、三度と繰り返すうちに、ネーコにもすっかりコツがわかってきました。犬たちだけはヒリヒがいないとどうにもならなかったけれど、人間には気配をさとられずにすませることができるようになりました。
「オマエ、スジがいいナ!」
ヒリヒはごきげんです。なんともすてきな手下ができた!いままでの手下どもときたら、がさつで目立って、忍び込むのはいいけれど、最後は絶対にばれて大騒ぎになったものです。そこで逃げるためにやらなくてもいい人殺しをやることになり、しばらくはそのあたりでは仕事ができなくなるという、あんまりお利口ではないやりかたしかできなかったので。
「えへ、そうかな…」
ネーコはなんでもほめられるとうれしくなるので、酒をちびっとなめながらニッコリしました。ヒリヒはこの笑顔でよけいにうれしくなり、こちらもやはり酒をクビッとなめて、「天才かもしれねえヨ!」
酒場のすみでちょっとしたおいしいものとお酒をやるのが、ふたりの作戦会議のきまりみたいになっていました。ちなみに、ネーコはもうがぶ飲みにはこりたので、酒は料理を食べながら、ゆっくりなめることにしています。それが正しい飲みかたですよね。
「いよいよ、メブチの城をやるぜ!」
ヒリヒのことばに、ネーコはワクワクしましたが、同時に、ちょっと怖いような気持ちにもなったのです。
「ねえ、パーチク、あんた、ネーコほったらかしといていいの?」
デ・ロタールがパーチクをなじります。ネーコがいなくなったっていうのに、パーチクはちっともあわてたようすがありません。そんなことでいいの?
「だって、ネーコは自分に決着つけたいっていうから、決着つけないと。じゃないときっと、ぼくたち、うまくいかないと思うんですよ。ネーコとぼく、契約で結ばれてるわけじゃない。ぼくはいっしょに来てってお願いしたんだけど、そこから先はネーコが決めたことだったんです。だから、ぼくは…」
「理屈は正しいかもしれないけど、あんたの気持ち、それでいいわけ?そんなおすましさんで、いいわけ?」
「…・」
そこから先、パーチクは黙ってしまい、デ・ロタールもそれ以上のおせっかいをやく気はなかったので、自分の研究にもどってしまうのです。ネーコがいなくなって、毎日がこんな感じでした。パーチクは前にもましてくらい顔になってゆきました。
「城に…だれか入ったぞ…」
メブチ城の、あの、暗い対魔法官の詰め所に、ぼおっと立つ男の姿がありました。
体つきは大きくたくましく、魔法官というより剣士のよう。なぜか、ずうっと目を閉じたまま。
「この気配、魔法剣士…」
つぶやくと、机の上の呼び鈴を鳴らしました。
ヒリヒはさっさと城門を通ると、さっさとお城に入り込んでしまいました。だれも彼を見とがめるスキがありませんでした。ネーコはそのあとにぴったりくっついています。ひとまず物陰に隠れてから、ヒリヒはネーコに自慢しました。
「オレたち、なんで気づかれネェか、わかるかイ?」
「え?通してくれてたんじゃないんだ…」
「…フツウにゃ通れねえとこだったんだヨ!オレ様が、気合いかけたから、歩哨どもは目ェ開いたまま寝ちまったのサ」
「気合いって、ナニ?ねむっちゃう魔法?」
「こういうやつサ!」
ネーコはヒリヒに抱きしめられていることに気がつきました。目の前に、ヒリヒの顔が。
「からだ、うごかなかったろ?」
ちょっとふるえたヒリヒの声。ネーコは返事をしませんでした。いや、返事できませんでした。いけない!これはいけない!盗賊さん、今日の盗賊さん、おかしい!
「と、とうぞくたん…」
ヒリヒは答えずに、ネーコの口に自分の口を重ねようとしました。こんなところで!ネーコは恥ずかしくて、まっかになり、大きな声を出そうとしたけれど、それも恥ずかしくて、一生懸命手でヒリヒの顔をおしのけました。
「やめて!…いや!」
「ネーコ!ネーコ!…」
もう、ヒリヒにはわけがわかりません。ひたすらネーコの口にキスしたい…でも、ネーコはそれじゃ、たまりません…
ヒリヒはつき飛ばされ、ネーコは矢のようにお城の奥へとにげてゆきました。
しりもちをついてわれに返ったヒリヒは、自分がとんでもない失敗をしたことに気がつきました。くそ!なんでこのオレ様がこんな!よりによって、盗みの途中に色ボケるなんて!必死になってネーコの後を追い、走りました。
ネーコは半分泣きそうになりながら逃げました。なんでそんなことするの?盗賊さん、ひどい!
わけもわからずにお城の奥に駆け込み、わけもわからず階段をぐるぐるかけあがりました。そう、屋上へ通じるあの階段を。ヒリヒもすぐ後を追い、二人があんまり早かったので、お城の兵隊たちはぼおっと見送るばかり…
「ネーコ!待て!いまのはオレじゃねエ!(ってもムリか…)」
ヒリヒの叫びには答えずに、どんどん駆け上がってゆきます。ヒリヒは叫びながら、これは、魔法使えるやつにすっかりつけ込まれたんだナ、オレ、ネーコの前じゃあ、スキだらけだったもんナ!大失敗だ!と思いましたが、同時に、自分はどうなってもネーコは逃がさなければと思ったので、前を走る彼女を見失わないように全力でかけました。
階段を、ぐるぐる。ネーコはとうとう「渦巻く腐った魚」を彫った巨大な扉のところまできてしまいました。扉をおしあけます。まぶしい青空。でも、ネーコはそれどころではありません。にげなきゃ!
悪いことに詰め所から衛兵たちが出てきました。ネーコをつかまえようとしています。そこへヒリヒが追いついて、そのあとをこれまたお城の兵士たちが追ってきてと、お城の屋上は大騒ぎになりました。
「ネーコ!こっちだ!逃げるぞ!」
兵士たちと斬りむすびながらネーコを呼びますが、ネーコは怖くてすっかりわけがわからなくなっていて、引きつった顔で、すごい素早さで屋上を逃げ回ります。それでも兵士たちはだんだん彼女を追いつめてゆきました。
「ア!」
兵士たちがまずいと思ったときには、ネーコは「メブチの縦坑」に飛び込んでいました。だれも、まさかそんなことをすると思っていなかったので、立ちすくんでいます。
「ネーコ!クソ!」
ヒリヒは縦坑に駆け寄ろうとしましたけれど、後にいやな気配を感じたので横に飛びました。
「だれだイ!」
振り向いたさきに、兵士たちとはちがう格好の大きな体をした男が、いつのまにか立っていました。目をとじて、しずかな顔です。
剣を抜きました。
「できそうじゃネエか!」
ヒリヒはちょっとうれしくなって、剣をかまえましたが、なにかちがう!体が、動かない!
「こいつ、さっきオレをあやつった…!」
肩先に斬り込まれた剣をぎりぎりでかわしそこね、左腕を斬られました。続いて、わき腹をかすられ…
「ダメだコリャ!」
剣を投げつけ、以前忍び込んだときに目をつけていた方へ走り、そのまま屋上から飛び降りました。
「できればやりたカァなかったんだがナ!やっぱコエエ!〜〜!」
彼の落ちてゆく先には大きな木が茂っていました。
枝を何本も折り、左の腕とあばらも折れましたが、ヒリヒは死なずに地面の上に落ちて、そのまま走りました。近くを通った騎兵をなぐりたおし、馬をうばって城から逃げ出しました。
「けっこう深くやられたナ!血が止まんネエや…」
いまやんなきゃならエエことは、追っ手をまいて、あのパーチクって気味悪い小僧にしらせるってことか、ざまネエナ…
耳の長い、ネーコと呼ばれる少女がお城に忍び込んでメブチの縦坑に落ちたという知らせを受けたメブチ公は、ちょっと残念に思いましたが、うまくいけば彼女が新しいカルメンになるかもしれないな、と思いました。
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