14. ドラゴンつかい

  遠いよ。もっと近く。
  近いよ。もっと遠く。
  さん、に、いち!
  そらあたった。
  

   アルシヘは、たったいま完成したばっかりの木の枝の小山のまわりをまわりまわり、いろんな角度から点検しました。木の枝で作った小山といいましたが、この小山は、よく見るとてっぺん、というか、まんなかがくぼんでいて、小山というよりトンビの巣みたいです。トンビの巣のまわりには緊張した顔の兵士が十人ちょっとばかり、横にならんだ形でアルシヘの点検を見守っています。
 「よお〜し、いいよ。じゃ、陣地進入!」
 アルシヘが号令すると、兵士たちはサッと散って、そばに停めてあった馬車から、灰色の大きなかたまりをかつぎおろしました。井げたに組まれた丸太のおみこしに、丈夫な革おびでしばりつけられているのは大きなドラゴン。兵士たちはドラゴンをなれた手つきで井げたからほどいてあげました。ドラゴンは、ノコノコ井げたから降りると、大きなあくびをしました。
 アルシヘはドラゴンのまえに立つと、手に持っていた袋から大きなタマゴをとりだしました。木でできた、ひとかかえもあるタマゴです。
 「そ〜ら、たまごよ〜お!」
 アルシヘがドラゴンの顔の前でタマゴを振ってみせると、ドラゴンはパッと目をかがやかせました。首をのばして鼻先でタマゴにさわろうとします。でも、アルシヘはサッとタマゴを引いてしまいました。
 「そ〜〜ら、こっちこっち!」
 タマゴを見せびらかしたまま、さっき兵士たちが作った木の小山の方へあとずさりします。ドラゴンはノコノコそれを追います。
 アルシヘはタマゴを小山のてっぺんのくぼみに置きました。ドラゴンはそこまで登ると、タマゴをおなかの下にだいてうずくまりました。
 「陣地進入完了!」
 放列ドラゴンを陣地につかせるためには、ニセのタマゴを使います。アルシヘは放列ドラゴン部隊の砲兵小隊長なのです。
 ここで、この時代でいうところの「放列ドラゴン」というものについて説明しておかなければいけないようです。
 ぼくたちの、いまの時代の軍隊には、大砲でもって遠くの敵を攻撃する「砲兵」という仕事がありますね?といっても、このおはなしの時代には大砲なんてものはありません。とび道具といったら石つぶてと弓矢だけ。でも、敵を遠くから攻撃できたほうが便利だと思う気持ちはいっしょ。そこで、ドラゴンを使うことを考えついたのです。ドラゴンは熱い火のかたまりを吐きだして相手を攻撃しますが、ふつうは近くに見えているものを攻撃するだけです。見えなければ当てられないですから。ところがある国の頭のいいドラゴンつかいが、ドラゴンと心の通じ合ったドラゴンつかいが、とってもすごいことを思いつきました。ドラゴンは、タマゴを温めているあいだは半分眠ったようになります。ドラゴンつかいは、そうなったドラゴンの頭の中に自分の心を忍び込ませることができるのですが、彼女はそうして心を忍び込ませたドラゴンをおきざりにして、遠くはなれたところで自分の見ているものを攻撃させてみようと思ったのです。
 実験の結果は大成功!いねむり状態のドラゴンは、みごとに遠くはなれた彼女の目のまえのマトにまで火の玉をとばすことができました。そうして、ほかの国の軍隊がドラゴンつかいをやとってこの戦法をマネしはじめるまでのあいだ、彼女の国の軍隊は無敵状態でした。どんなに強い騎士団だって、見えないところから恐ろしい火の玉でめったうちにされたらたまりませんからね。いまでは大陸じゅうで、放列ドラゴンのいない軍隊はありません。
 「じゃ、いってくるね〜」
 まのぬけたあいさつをドラゴンの護衛のために待機させた部下に残して、アルシヘはじぶんの護衛をつれて攻撃目標がみえるところへと歩きだしました。
 攻撃目標はメブチ公のお城です。
 「エルンストの分隊も、ケイネの分隊も、陣地進入がおわったね」
 アルシヘの心の中に、別の場所で同じようにタマゴを温めはじめた、自分のもう二匹のドラゴンの気配が伝わってきました。彼女のうけもちのドラゴンは三匹。みんな彼女が手塩にかけたかわいいドラゴンたちです。もしもメブチ公の軍隊が城からでて反撃をしてきたら。彼女はそれらのドラゴンを使ってお城方の軍隊をけちらすのです。敵がお城にこもったなら、お城の壁や門を攻撃してくずします。敵はそうはさせまいとして、自分たちのドラゴンを使って、まずドラゴン使いを探して攻撃をしてくるはずです。「初心者の剣」を肩から下げて、胸のまえにドラゴンと連絡をするのに使う石を入れたかばんを下げたアルシヘは、ひとめで軍隊の放列ドラゴン使いだとわかってしまう格好をしていますから、目立つところにいたら、いくさが始まればすぐにねらわれてしまうでしょう。、安全そうな隠れ場所を見つけて、安全にドラゴンをあやつらなくちゃ。うまくいくかな?そんな思いが、はじめて本物の戦争にのぞむアルシヘの胸を少しドキドキさせています。
 「わが軍がおしよせるっていうのがもう伝わったみたいネ。道にはだあれもいやあしない…」
 「先陣の部隊の後ですから。しかし、しずかですね」
 アルシヘたちは、だれもいない畑の中をてくてくと進んでゆきました。なるほど、畑のそこここに、おおぜいの足でふみあらしたあとや、たくさんの馬車が通ったあとがみうけられます。それはメブチ領討伐軍がその鉄の輪をちぢめていったしるしなのです。




 「アルシヘ軍曹はメブチ城西南のデーデー果樹園の線まで前進、フィナ中隊の陣地そばに観測所を設置のうえ待機のこと。射撃目標は追って伝令をだす。敵は城を打って出るつもりはないようだ」
 伏し目がちのなかなかきれいな砲兵隊の隊長は、城がようやく見えるあたり、東の村の中に陣どった討伐軍の司令部にいましたが、アルシヘに地図をみせると、すぐに指示をだしました。彼女もドラゴンつかいで、年季のはいっている証拠には、耳の下に大きなトゲがはえています。永いことドラゴンとくらすと、ドラゴンの血が体にしみこんでこういう顔になってしまうのです。アルシヘの耳の下にも小さなのがはえてきていました。
 「隊長殿のトゲ、いいな。あたしのも早くあんなにならないかな」
 指示された場所にむかうとちゅう、アルシヘはそんなことを考えていました。ので、いきなりみちばたのやぶから声をかけられて、おもわずとびあがってしまいました。
 「ドラゴンつかいさん!」
 「!!!…な、なによ!あ、あら、子供?逃げおくれたの?」
 やぶの中にしゃがんでいたのは、きいろいかみをした、うすぎたない男の子(パーチクです)。アルシヘはびっくりして男の子に注意をしました。
 「逃げなきゃだめじゃない!これからここいらですごいおっかないことがはじまるんだから!まきこまれたら死んじゃうよ!おうちの人は?」
 「…いないんだけど…いいじゃない、そんなこと。それよりね、ぼく、お城に入りたいの」
 アルシヘは一歩下がりました。城方の人間だったのね!肩からさげた初心者の剣に手をかけました。護衛の兵士も腰だめに石弓をかまえます。でも、パーチクはちっとも怖がったりせずにアルシヘに話しかけました。
 「お城に、宝物がある話、しってる?」
 アルシヘはうなづきました。
 「メブチ公は、いなかの殿さまにしちゃ、必要以上にためこみすぎたってことね。それでうちの王様がうたがいをもった。それが今回の戦いのきっかけだってことよ」
 パーチクは「ぜんぜんわかってない!」っていう顔つきをしてみせました。
 「その宝物をつくるもっとおおもとの宝物の話だよ。あのお城には、宝が宝を産む魔法があるの」
 アルシヘはパーチクに、手まねで、やぶから出てくるようにいいました。
 「いっしょにおいで」
 ちょっとした林の中を一行はずんずん進んでゆきます。パーチクにはきつい歩幅ですが、とことこいっしょうけんめいについてゆきました。息をきらしながらアルシヘに話します。
 「これはここにいるぼくたちだけの秘密なの。あのお城には、「歌の井戸」っていう井戸があるんだ。またの名を「メブチの縦坑」。お城のてっぺんから地の底へ続いてる井戸なんだ」
 「それで?」
 「満月が井戸の真上にきたときに、メブチの血をもつ者が、その井戸に、食べ物をなげこんで魔法の歌を歌う。井戸の底にすむ「歌の巫女カルメン」にほしいものをたのむ歌だよ。すると、井戸から歌の巫女が歌うのがきこえて、井戸の底からお願いした宝物、たいていは金なんだけど、宝物がうかんでくるの。それもすごくたくさん。それがメブチの富がつきない理由なんだけど、「歌の巫女カルメン」っていうのはひとりのひとじゃなくて、代々、カルメンの寿命が尽きるまえに、次の巫女にするための若い女の子を縦坑に突きおとして引きつぎの儀式をさせるんだって。で…」
 ちょっと小走りになってアルシヘをおいこして、彼女の前をとおせんぼするようにむきなおって、彼女の顔を見上げながらいいました。
 「ぼくのおねえちゃんがそこに突きおとされちゃったの!」
 「じゃあ、あんたのおねえちゃんはいまごろ地の底で安らかにねむってるわけね。お気の毒」
 アルシヘは冷たくいいました。地の底で、他人の名前を引きついで満月の時だけ歌で金を作っているなんて、もうこれは人間ではなくなっているにきまっています。かわいそうに、この子のおねえちゃんはもう人間ではなくなっちゃった。身体に地の精の血がはいってしまった。もう助けようがない、と思ったものですから。
 「ちがうの、助けられるんだよ!ぼく、しってるの!古いカルメンがあたらしいのと入れ代わるのは満月の夜なの!ぼくのおねえちゃんはまちがってあの穴に落ちたから、準備ができてなかったの!それからまだ、夜に満月がでる日はきてないから、いま助ければまだだいじょうぶなんだよ!」
 アルシヘは頭の中できょうの月の状態をおもいおこしました。満月が頭の上にくる夜がくるのは、まだ三日ほど先です。
 「わたし、任務があるのよ。陣地から動けないの。お城に近づけるのはうんと先の話だわ。それも作戦の最後のほう!」
 「たたかいは、あすにも始まるでしょ?そしたらあんた、ドラゴンの火で敵を攻撃するでしょ?そしたら、どさくさでまちがったことにして、お城のかべの、ある部分を攻撃してほしいの。おねえさんきっとえらいから、ドラゴン三匹以上持ってるでしょ?三匹全部でいっせいに撃ってほしいの」
 「いいけど…かわりになにくれる?」
 アルシヘは軍隊のベテランです。なんでも取引することにしています。タダでしてやるのは「まぬけ」ということになってるんです。もちろん、あいてが子供だってよーしゃしません!
 「もし金が手にはいったらあげるし、戦いのあいだはぼくもいっしょに戦ってあげる。おねえちゃん戦場じゃあ一番ねらわれやすそうな仕事だもんね」
 「アハ、アハ、アハハハハ!」
 アルシヘたちはおおわらいをしました。まったく、こんなかわいらしい子供になにができるというのでしょう!血で血を洗うきびしい戦場で、一人前にふるまえると思ってるらしい子供らしいむじゃきさに、おもわず緊張の糸がぷっつり切れました。同時に、子供あいてに大人のとりひきを持ちかけたことがはずかしくなりました。
 「アハハハハ…お、おかし!アハハハ…」
 アルシヘはパーチクの頭を、手袋をした手でクシャクシャッとなでてからいいました。もうまじめな顔にもどっています。
 「あんたがおねえちゃんだいじなのはわかったわ。でも、あたしたちはこれからまじめに殺し合いをしにいくの!あたしたちみたいな大人だってドキドキするくらいのすんごい殺し合いよ!あんたみたいな子供は、そんなとこにいちゃいけない!あんたのいった場所はちゃんと撃っておいてあげるから、あんたは戦いがすんでからあたしのとこへくるといい。そしたらどさくさでお城へつれてってあげる」
 それから言葉にせずにつけくわえました。「わたしが死ななければの話だけどね」
 パーチクはそのことばを信じました。
 「やくそくしてくれる?」
 「ドラゴン石にかけて」
 アルシヘはドラゴンつかいの名誉にちかうことばをとなえました。パーチクは彼女に、お城のかべの撃ってほしい場所をおしえました。
 「きっとだよ!」
 「ばいばーい、ちゃんと逃げるのよ!」
 アルシヘたちの後ろ姿をみおくったパーチクでしたが、でも、そのあとでこっそりと彼女たちのあとをつけはじめたのです。



 世にいうところの「メブチ事件」、俗にいう「畑の戦い」は、まず、メブチ城の東にある、いちめん畑のひろがるひらけた平野でのメブチ討伐軍の布陣から始まりました。寄せ手はまず、お城を攻撃するための足場をしっかり固めてから攻撃をするのが正しい方法です。こうして、アリの子一匹通さないくらいのつもりでがっちり陣地を作ってしまいます。それからおもむろに輪をちぢめてゆくのです。蛇が獲物をしめ殺すときのように。
 この戦いのように、はじめから城方が城に立てこもってしまった場合は、いきなり囲んでしまうことができて手間いらずですが、お城の兵力は無傷なので、がまんくらべのような戦いはながびくことでしょう。城下町に攻め込んだときはそれなりの被害を覚悟しなければなりません。
 討伐軍の将軍はそう思いました。思ったけれど、口にはださず、副官を呼んで降伏をすすめる使者に命じました。お城は使者のために門を開かず、かれのまわりに当たらないように矢を放って、降参する気持ちがないことを知らせました。
 寄せ手はさっそく放列ドラゴンをつかって、お城と、その城下の町一帯に攻撃を加えはじめました。
 しゅしゅしゅ…
 寄せ手の兵士たちの頭の上の晴れた空に、ドラゴンたちが放った火の玉が飛んでゆく音がとどろきます。寄せ手の兵士たちは息をこらしてお城のかべを見つめます。
 どどどどどど…
 お城はたちまち命中した火の玉がはじける煙で見えなくなりました。寄せ手がこの日のために集めた放列ドラゴンの数はなんと二百十六匹!王国の西半分にいるのを全部といっていい数です。形は小さめのが多いものの、いま、メブチ城には二分に一度、二百十六発の火の玉が降りそそいでいるかんじょうです。
 「その調子よお!がんばって!」
 アルシヘも寄せ手の陣地のかたすみで、目立たないように自分の放列ドラゴンに指示をしています。こんなに気前よく撃ちまくったのははじめてなので、かなり興奮しています。
 けれども…
 「おかしい…」
 ドラゴンの吐く火の威力はかなりのもので、三発で馬車ほどの大きさの大理石のかたまりでもあとかたもなくなるといわれているのに、どうしたことか、いっこうにお城のかべが崩れる気配はありません。城下町に火がついた様子も…かえってお城のなかから城方のドラゴンが撃ち返してきました。
 彼らのねらいはなかなか正確で、寄せ手のドラゴンたちにはやくも被害がではじめました。
 「おもしろくないわ!」
 アルシヘは、いったん自分のドラゴンを隠すことにしました。できるだけ急いで。護衛の兵士を自分のドラゴンたちのところへ走らせました。
 そのころ、寄せ手の司令部でも、あの、耳の下にトゲのある砲兵隊の隊長が、事態のおかしいことに気がついて、横に立っている討伐軍の将軍に報告しました。
 「閣下、どうもメブチ殿の城には、なにかおもしろくないからくりがありそうです!このまま砲兵射撃をつづけるのはどうかと。わたしのドラゴンを…」
 将軍は目をほそめながらお城のほうを見すかしていましたが、すぐに決断しました。
 「いや、あなたのドラゴンはまだまっていてください。地勢によっては縦坑を崩してしまうかもしれない。砲撃はやめ。あなたの部下のドラゴンは陣地変換させて、そのまま待機させなさい」
 砲兵隊の隊長がそのために引きさがると、将軍はふたたびお城の方をすかし見しながらつぶやきました。
 「これは、対魔法兵の仕事だのう…ウチにはあんな凄いのはいない…だれか、(中に)入ってもらうか…」
 ふりむいて、呼びました。
 「オオイ、魔法担当副官!」
 呼ばれてあらわれたのは、なんと、あの、「毒グモ」のエンリケでした。ヒリヒに捨てられたあとで、どうやらレド国の王様にやとわれたようです。パーチクにはやられたとはいえ、彼くらいの使い手ともなると、そうめったにはいませんからね。それに、どんな低いレベルでも、魔法使いには食いっぱぐれはないといわれていた時代です。
 将軍はエンリケのほうへふり返って、いいました。
 「敵に優秀な魔法担当官がいるらしい。こちらの攻撃がまったく空回りさせられています」
 将軍はさらにつづけました。
 「あの城にはもう魔法使いはいないという貴官の情報と違うようですが?」
 「それが、おかしいのでございます」
 エンリケはふにおちない顔をしてこたえました。
 「あの城の魔法担当官はわたくしと、ルーイスと申すものでした。ルーイスはふとしたことで死に、わたくしがここにいるということは、もはやあのお城にはあのような技を使える者はいないはずなのでございます」
 しかもわしにはあんな術はつかえない!しかし、あの小僧なら…そう思ってすぐに、エンリケはその考えを打ち消しました。やつはあの妙ちくりんな娘たちをとても大切にしていたはず、しかも、あの娘どもはメブチ公のとぎ番になるはずだったのをやつが取り返したのだ!かれらが手を組むはずはない…ならば、いったい…
 「あなたの力であの城の結界を解くことはできますか?」
 「申し訳ございません、おそれながら、あのような大技をつかえる術者は、おそらくはこのレド国はいうにおよばず、おとなりのイファン国にもいるかいないかの大魔法使いでございます。風の秘密を知りつくしたかなりの術者でも、ああいった風の術で傘をかぶせることのできる広さは、せいぜいが一個大隊というのが相場でございます」
 将軍はうなづきました。
 「これから城に、忍び込み専門の兵をやろうと思う。そして、彼らに城の弱みを探らせようと思う。できればその対魔法官を退治させたい。あなたの力で、その進撃路だけでも穴をあけることはできますか?」
 「努力いたします!これは歯ごたえのある敵!およばずながら、一矢報いてみせましょう」
 将軍はうなずくとまた城のほうをながめました。
 「では、知らせのあるまでここにいて戦況をつかんでいてください」
 エンリケは少しホッとしました。ふつう、軍人というものはとってもらんぼうな考え方をするので、魔法がつかえるなら、なにがなんでもあの城の結界を解いてみせろ、それでも魔法使いかくらいのことを言われるかと思っていたので。このことだけで、すっかりこの将軍が気に入ってしまいました。
 「おそれながら、忍び込みの手の内に、このわたくしめも加えていただきたく!わたくしもいっしょにいきますれば、ことがはやく進みます」
 「しかし、万が一あなたが破れたときは?わが方の対魔法官は貴官のみなのですぞ」
 「わたくしが城の中で破れないような強敵ならば、外にいればいっそう破れないことでしょう。それならわたくしはただの役立たずでございます。もしもわたくしが破れたときは、魔法以外で勝つ道を探されることです。そう、手間をいとわず兵粮攻めにし、城方の心の和を崩し、腐らせ弱らせてから力押しに押すしかありますまい」
 「そうせずとも済むように、ぜひともたのむ。できれば時間をかけたくない」


 ただちに忍び込み専門の兵が集められ、お城の全面におとりの総攻撃をかけるスキに、何ヶ所からか取りついて忍び込むという計画がたてられました。結局のところ、寄せ手にはあるていどの損害は避けられないようです。



 アルシヘの元へ、将校伝令が、命令と、一抱えほどのおおきさの小さなドラゴンを持ってやってきました。
 「今夜、城に総攻撃をかける。アルシヘ軍曹は東よりの寄せ手を追及・掩護射撃・協同し東門を直接砲撃で破壊せよ。寄せ手が城内に進入成功の際は共に進入し、城内に観測所を設置せよ。寄せ手の指揮官はゴプ中尉」
 命令に了解の答礼をして返してから、自分のドラゴンをそれにあわせて配置替えする指示を出したあとで、アルシヘは今夜の作戦用に特別にまわしてもらった小さなドラゴンのわきにかがんで、その頭をなでてあげました。
 「小さいドラゴンね。これならだっこして走れそうだけど、こんな子で門がこわせるかな…五発くらいは撃てるっていうけど…」
 ドラゴンは眠そうにのどをごろごろ鳴らすと、アルシヘの手をおでこで押しかえしました。アルシヘはたちあがると、横にいた兵士に話しかけました。だれかになにか話さないと緊張がとけなかったもので。
 「きつそうだけど、うまくいくかどうかはこっちの歩兵しだいね。うまく守ってもらえるといいな」
 「まあ、うまく立ち回ることです」
 話しかけられた兵士は、夜に顔や髪に塗るための炭を袋にいれ、外から叩いて粉々にしています。これを油で溶いてつかうのです。
 「あのぼうやとの約束、守れそうになくなっちゃったな…」
 あとでお城に入れてあげるという話は、お城への侵入があんまりにもいきなりだったので、どこに逃げたかもわからないあの男の子を呼ぶことなでどきそうにありません。だいいち、攻撃の計画を現地人におしえるなんて、それこそ死にたがっているようなものです。
 でも、あの真剣なまなざしを裏切ることになるのは、ちょっとつらい…
 「ドラゴンつかいのおねえちゃん!」
 「!!!」
 おもわず刀の柄に手をかけて半分まで抜いて振り向いてから、後ろからの声が、あの男の子のだということに気がつきました。
 「どうやってはいった!?」
 男の子を問いつめる声がきびしくなります。殺気立った野戦の陣地に、ふつうの子供がやすやすとはいりこめるわけはないから。男の子はべつに怖がるようすもなく、彼女の戎衣のすそをつかまえて、みあげながらいいました。
 「守ってあげるっていったでしょ?ぼく、ただの子供じゃないよ。きっと役にたつ。戦争するのだって、今日がはじめてじゃないんだから」
 「ここ三十年がとこ、この辺じゃあ戦争はないわ」
 「ぼく、このへんの子じゃないもの」
 はんぶん本当ではんぶんは…言ってないけど無言のウソ。パーチク(「子」ではありません)にしても、ここ三十年がところは戦争の経験がありません。すっかりカンはうせちゃってます。でもまあ、はじめてのひとよりはうまくやれるかな。
 「…でも、やっぱりきちゃだめ!…でも…でも…」
 アルシヘはへんなきもちになってきました。わたし、なんでダメっていってるんだろ…あれ?
 「…でも…まあ、いいわ」
 パーチクは催眠の魔法をつかったのです。あんまり使いすぎると、ひとの本音がしんじられなくなるから好きではない方法なのですが、いまはネーコのことで頭がいっぱい。なにがなんでもお城にはいりたい。でも、さすがの彼でも、戦場一個分の人びとを全部催眠にかけることはできないから、とりあえずこのおねえちゃんだけってわけです。
 「夜中まで眠るわよ!」
 アルシヘは自分の部下とパーチクに眠るよういいました。初陣にしては度胸がすわってます。
 お城からぽつぽつ撃ちだされるドラゴンの火の玉の音が、とおくで眠そうにひびきました。



 陽がくれました。お城からはときおり思いだしたようにドラゴンが火の玉を吐く音が聞こえてくるばかりで、まわりはすっかり闇。アルシヘたちは忍びこむ部隊といっしょになって、身体じゅう、顔から髪の毛から全部に油で溶いた炭をぬりつけて、闇にとけこみながらそろりそろりとお城をめざします。アルシヘは両腕に昼間にわたされた小さなドラゴンをだっこして。ドラゴンは夜なので自分でまっくろく身体の色を変えています。そのあとにパーチクがつづきます。彼もみんながおもしろがって身体じゅうに炭をぬたくったのでまっくろ。暗やみに白目しか見えません。
 お城のまわりには、ときおり火のついたタイマツが投げ落とされて、アルシヘたちのような連中が闇にまぎれてちかよることをむつかしくしていました。
 「もうすこしで本隊の襲撃がはじまる」
 みんなは闇から闇へ、影から影へとお城の方へちかづき、でも、お城の壁のまわりの木々はすべて切りはらわれて見通しがよくなっていたので、お城の壁からかなりはなれたところのしげみまで進んで、そこで味方のおとりの総攻撃を待つことにしました。
 「ちょっと長い距離を走ることになるわね!」
 そのまま、みんなはだまって、身動きもせずにまちました。
 あいかわらず、お城からは気のぬけたようなドラゴンの火の玉の音がきこえてきます。どこをねらっているのかな?
 そのとき!
 しゅしゅしゅしゅという音がアルシヘたちの頭のうえを通りすぎてゆくと同時に、お城のまわりの地面がものすごいいきおいでいっせいにわきあがるように見え、ドロドロドロっという響きがまわりの空気をゆり動かしました。攻め手の放列ドラゴンが全部いっせいに火を吹いたのです。お城のまわりの結界を破ることができないのは昼間と同じですが、とにかく息をつく間もなく火の玉が落ちてくるので、お城からはまわりを見ることもできないでしょう。火の玉がはじける音はぜんぶつながって切れ間がなく、聞いていて息をすることができなくなるような気さえしてきます。
 最初の火の玉がはじけるのと同時に、アルシヘたちは大きな声で歌を歌いはじめています。これは寄せ手の全員が同じ歌を歌うことになっていたからです。歌は火の玉のはじける音にかき消されてしまっていますが、それはどうでもいいことなのです。



 それいざみよや
 わがぐんの
 つわものどもが
 てつをもて
 いまぞこらしむしこのあだ…

 歌うと、怖いとおもう気持ちもどこかへいってしまいます。みんなで声を合わせていると、気持ちも大きくなります。



 …
 さきがけたるはわれなるぞ
 うちてしやまむ
 うちてしやまむ


 歌の最後の「む」の音と同時に、アルシヘたちは立ちあがると、一斉にお城の方へ駆けだしました。同時に、放列ドラゴンの攻撃もぴたりとやみました。火の玉がはじける音といれかわって、寄せ手の軍勢がお城めがけておしよせるときの声があたりをおおっています。
 うわああああああ!
 うおおおおお!
 城壁の上の射手たちは、ドラゴンの攻撃には無傷だったものの、火の玉のはじける音があまりにもすさまじかったので、ぼうっとしてしまい、寄せ手の突撃に反撃しようとするまでに、ちょっと時間がかかりました。
 いくつかあるお城の門めがけて、先頭に大きな浮き橋をかついだ工兵、すぐあとに城門をたたき壊すための大きな丸太を抱えた工兵、それから、お城の門を堀の手前から丸太をとばして打ち破るためのおおきな巻き上げ式弓の車を押す兵士たち、城壁の上に弓を打ち返す兵士たち。お城のまわりはあっというまに寄せ手で埋まってしまいました。
 気をとりなおした城壁の上の射手たちが、寄せ手の頭の上に矢を降らせます。
 でも、寄せ手の兵士たちはみな、頭から硬い天然ドラゴンの皮をかぶったり、木の盾をかぶったりしているので、やられてしまうものはそんなにいません。
 「投げこめーッ!」
 堀に浮舟が投げ込まれました。気の荒い工兵たちは、その浮舟にとびのり、ロープで船同士をつなぎはじめます。その上に板をわたし、それを船に結わえて、巻き上げられた城門の橋の代わりの橋がみるみるうちにできあがってゆきます。死んだり、ケガをした工兵たちが水に落ちて船とともにゆられています。
 「いくぞぉ!前を空けよぉ!」
 巻き上げ式の大きな大きな弓が、ろくろでぎりぎりと巻き上げられ、つるには太い丸太がつがえられました。浮舟の上の工兵たちは、あわてて左右に走り、門と大弓のあいだから逃げました。
 「うてぇ」
 太いナワのつるがばちんとときはなたれて、丸太が低いうなりをあげながら堀を超えて飛び、お城の門に勢いよく突き当たろうとしたその時!
 びゆううう!
 いきなりものすごい風。
 丸太は門にとどかずに、堀の中へ払い落とされるように飛び込んでしまい、そこにあった浮舟がくだけちりました。よく考えてみれば、ドラゴンの火がとどかないのに、丸太がとどくはずもありません。お城は目に見えない風の壁に守られているのです。城壁の上の射手たちが矢を放つときと、お城がたのドラゴンが火を吐くときにはうまくその風の壁に穴をあけているようなのです。
 「矢はだめだ!とりつけ!」
 工兵たちは、飛び道具で城門を壊すことはあきらめて、手に手に斧やら槌などをもって堀をわたり、城門をたたきはじめました。
 しかし、またものすごい風がでて、工兵たちはあっという間に堀の中へ払い落とされてしまったのです。
 「こりゃどうにもいかん!引き上げだ!太鼓を鳴らせ!」
 寄せ手の指揮官が横にいた鼓手の少年に引き上げの合図の太鼓をたたかせました。
 ケガをした仲間をかばいながら、工兵たちは引いてゆきました。
 お城のまわりは、ふたたび静かになりました。


 東側のお堀の城側の崖に、寄せ手のドラゴンの一匹がまちがって、火の玉を当ててしまっていました。いや、まちがったのではなく、寄せ手のドラゴンの中でも一番大きなやつが、まちがったふりをして同じところに五発ほど当てていたのでした。土にいしがきをつけただけの崖は深くえぐれて、かなり大きなくぼみができています。
 パーチクたちは、さきほどの騒ぎにまぎれて、そのくぼみの中にはいりこむことができました。全員びしょぬれ。

 この一団の隊長であるゴブ中尉は、くぼみにはいりこめた人数をじぶんで数えてみました。ぜんぶで二十六人。魔法参謀のエンリケ、配属砲兵の三人にくわえて、なぜかひとり、子供がまじっています。
 「おまえはだれか?いつのまにいっしょになった!」
 ひそひそ声でパーチクに質問します。そのとき、それを横でみていたエンリケは、はじめてその子供が、あの、パーチクとかよばれていた、きみの悪い子供であることに気がつきました。
 「お、おまえは!」
 おどろくエンリケにニッコリ笑いかけると、パーチクはおびえるようすもみせずに、ゴブ中尉の顔をみあげて、はきはきと答えました。
 「ぼくも魔法使い。お城に入るのてつだってあげようと思って」
 「ふざけるな!子供じゃないか!ああ、なんてことだ、せっかくここまできたのにこんな足手まといが!」
 横にいた軍曹におもわずこぼしたゴブ中尉に、パーチクはじぶんの考えをはなします。
 「あの風の結界はお城の防壁の中には吹いてないし吹けないだろうから、ぼくがこの穴をもっとおくへ掘りすすめればきっと防壁のむこうにでられると思うの。いま結界をはってる敵の魔法使いはたぶん、風がとくいだから、土にはあまり手を出せないんだよ」
 ゴブ中尉は説明するパーチクの顔を困った顔で見返していましたが、穴のおくをゆびさしました。
 「じゃあ、いますぐに掘ってもらおう。期待してるよ。きみ。掘れなかったら堀を泳いでもらうよ」
 ちょっといじわるな調子だったけれど、パーチクはそんなのへっちゃら。穴の奥のほうをむくと、へんな鼻声でむにゃむにゃうなってみせました。
 すると…・
 「…!」
 みんなはビックリしすぎて声もだせません。それはそうです。パーチクがちょっとむにゃむにゃいっただけなのに、穴のおくの土壁がへんなふうにゆがんだと思うと、つぎの瞬間、ものすごい勢いでなくなってしまったんです。ぽっかりとあいた土のトンネルができあがってしまったんです。
 「正面の土に、ちょっとわきへどけっていったんだよ。ここから二百歩くらいむこうまで」
 兵士たちはおそるおそるいまできたばかりのトンネルの土の壁をなでてみました。熱い。しかも硬い。まるで巨人がたたいて押しつけたみたいです。
 「攻撃発起点から掘ってもよかったんだけど、それだと、どこまで掘ればお城の下になるか見当つかないからね。城壁を起点にすれば、だいたいどのあたりで頭をだせばいいかの見当がつくでしょ?あ、まってったら!!」
 とくいになって話しつづけるパーチクは、みんなにおいてけぼりにされてしまいそうになったので、あわててあとを追いました。
 「エンリケ殿、お城の見取りはあなたが一番くわしい。この子に指図して穴を掘らせてください」
 パーチクはエンリケの命令で働くことになってしまいました。

15. 対魔法官