今月のカメラ 2004年9月号   FUJIFILM FUJICA ST605

4月からのFUJIの行列で、またもFUJI
にします。
FUJIは、現在では、デジタルカメラをはじめとして、いろいろなカメラを製造販売しています。以前は、35mmフィルム用一眼レフも製造販売していました。
35mm一眼レフであるFUJICA ST605です。
FUJICAというのは、FUJIFILMのCAMERAを略したもので、ライツのカメラが、ライカであるのと同じです。当時は、ブランド名でFUJICAを使っていましたので、カメラには、FUJICAと記載されていました。当時はコーポレートアイデンティティー、つまり企業イメージの統一のこと、そういう概念が希薄だったため、FUJICAの文字をLOGOとは考えていなかったようです。そのためFUJICAの文字は特に凝ったデザインにしてはいません。今では、カメラの見やすいところに記載するのは、LOGOと理解されているようです。



このカメラに関しての記憶は
メーカーと、愛用者には、大変申し訳ありませんが、私には「廉価版」ということしかありません。発売時期が1976年7月で、販売していたのは私の大学時代にあたりますので、若僧としては、「安っぽいカメラ」と決め込んで、見下していたと思います。自分がもうちょっと高額な、Olympus M-1 を使っていたことがその原因ですが、いまとなってはお恥ずかしいしだいです。
FUJIとしては、スペックを抑えて、低下価格化して、35mm一眼レフの拡販を行おうとの考えだったのでしょうが、数が売れたという話は聞いたことがありません。この2年後の1978年9月にRICOHが、Pentax KマウントのXR500を発売したのと比べれば、まだこのときは、一般には浸透しなかったのでしょう。だって、いくらスペックを抑えたといっても、絞込み測光では、若い人たちはついてこなかったのでしょう。もはや、1976年は、4月発売のCanon AE-1の時代であり、簡単でかっこよいものに人気が集まる時代になっていました。参考としては、Pentaxは、M42マウントモドキで、開放測光のSPFを1973年に発売しているし、そのPentaxですら、1975年6月発売の、K2,KX,KMで、M42ではなく、あたらしいバヨネットマウント、つまのKマウントにしています。Pentaxは、1976年12月に、小ささでOM-1を抜いたMEを販売していますし、1976年は、AE化した35mm一眼レフの爆発の年と言えると思います。
シャッタースピードは、最高速700分の1秒です。半端です。RICOH XR500が、500分の1にした思い切りとちがって、変です。これについているレンズは、むりやり低価格化した、55mm/F2.2です。これも変です。廉価版は、F2が当時普通だったものが、
F2.2というのは、珍しい。F2.8まで落とすと、あまりにも情けないという判断でしょうが、変です。EBC50mm/F1.8は、現在では、良いレンズとの評価を得ているようですが、このF2.2の評判は聞いたことがありません。使ってみては、特に悪いレンズとは、思っていませんが。

前置きが長くなってしまいましたが、
もちろん、新品で購入したものではありません。何気なく寄ったリサイクルショップで、ジャンクコーナーに、ありした。厚手のピニールがかぶっていて、動作を見ることもできませんでしたが、本体もレンズも傷がほとんど無く、掃除すればきれいになるということを予想させました。うまく動作すれば、欲しかったM42が使えるカメラが手に入るということで、ちょっと考えられないくらいの安い価格で購入しました。
家に帰ってチェックすると、シャッターはおおよそ動作しています。露出計は、ほぼ問題の無い値を示します。レンズにカビはありません。モルトプレーンを交換して、掃除すれば結構きれいな状態になりそうです。電池は、LR44が2個使用ですので、水銀電池仕様ではないことに感謝します。
後ろから見ると、アイピースの横に、電池室があります。珍しい位置です。ST605は、1972年のOlympus OM 発売、「米谷マジック」の後の時代のカメラですので、さすがに小型に出来ています。そのため、電池室の場所がなかなかなくて、こんな場所につけたような気がします。電池室のフタも、コインでグリグリ開けた形跡がないので、実際の使用頻度は少なかったと推測しました。拾い物でした。


巻き上げレバーは
Nikon EMのように、プラの部分が折れるタイプです。もちろんEMよりは、ST605が先輩です。この写真は閉じた状態。絞込み測光ですので、全面のセルフタイマーレバーの上にあるボタンを押し込むと、絞りが絞られると同時に、電源スイッチが入るので、Nikonのように、レバーがスイッチになっているということはありません。
シンクロは、X接点のみで、60分の1秒、ダイヤルで赤文字になっています。バルブの上は、2分の1秒で、1秒がないのも、コストダウンのようです。





これが巻き上げ予備角
まで、伸ばしたところです。
ピカピカのめっき部品も見られますが、触った感じは、やはり安っぽく感じます。標準的な35mm一眼レフより、1万円以上安かったのですから、しかたのないことでしょう。金属カメラであることに喜びを見出しましょう。








マウントは、M42
で、シャッター切ったときの、自動絞り動作の押し込む機能はあります。レンズにちょっと秘密があって、位置決めとロックをかねた機構を取り入れるような、切り欠きと、絞りリングに開放F値を伝達する突起がついています。ST605は、発売2年後の1978年6月に、ファインダー内にシャッター速度表示をつけ、開放測光が出来るようにした、ST605IIに変わります。
42mmスクリューマウントで、開放測光は他にPentaxやMamiyaでありましたが、結局、マウント互換性がないので、あまり面白くない機構です。






 

珍しく作例を載せます。
これは、変わったことをしたので、その話も含んで載せようとしたためです。
FUJIの業務用ネガカラー100で、C42で現像せずに、モノクロ現像として通常の処理をしてみました。ST605の試し撮りを兼ねてです。現像は、FUJIのSPDを使い2倍希釈で、24℃現像、いつものネオパンと同じ時間でやってみました。
さすがに、C42の漂白処理がされていないので、ハレーション防止層が残っていて、やっと絵が見えます。これを無理やりフィルムスキャナーで、スキャンしみるとこんな絵になりました。昭和30年代の白黒写真のようです。

夏は写真を撮るチャンスが少なかった。紅葉の時期を期待しています。ただ、カメラいじりはちょっとしましたがね。
(2004.9.4)


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