今月のカメラとレンズ 2011年 12月号 Asahi Super-Takumar 135mm F3.5


高校生の時に
一眼レフを買った。と言う内容は先月まで書いた。
交換レンズは考えた末に135mm F2.8を買ったとも書いた。135mmに決めるにあたって、Nikkorの135mm F2.8を使わせてもらったのも書いた。
では、周りではみなさまはどんな交換レンズを使っていたのだろう。高校生の同級生や先輩は、まず望遠レンズを買っていた。単なる「除き趣味」といわないで欲しい。遠くが大きく見える、写るというのは、まず一眼レフでのはじめての喜びだと思う。今のカメラは、高倍率ズームがはじめから付いているので、昔の感覚とはまるで違うと思う。135mm相当や200mm相当の望遠は、コンパクトなファミリーカメラでさえ普通についているズームでカバーできている。いまから30年も40年も前は、ズームは高額なレンズであり、まず単焦点のレンズをそろえるのが普通だった。
話を戻すと。当時の高校生は、まず望遠の200mmというのが多かった。同級生でPentax所有者も200mmも買っていた。しかし、私は135mmをはじめの一本に選んだ。それは間違いではなかったと今でも思っている。そのためか、今でも単焦点の望遠レンズは135mmが気になる。
この、旭光学時代のSuper-Takumarは、ジャンクレンズとして買った。Pentax SPなどのジャンクをいじっていて、あったら面白そうと思って買った。ただ、高校時代に、まわりにPentaxに135mmをつけている人はいなかったので、現行品当時の記憶は無い。




SPにつけてみた
実際のところ出番は無い。SPを持ち出すなら結局55mm/F1.8か50mm/F1.4をつけてしまう。この135mmが気に入らないのではなくて、今の私の写真の中で、残念ながら135mmを多用する場面がなくなってしまった。ただ、それだけだ。SPに取り付けて、家の周りで、景色をスクリーン上で眺めるのも一興だが、それは、写真を撮るべく生産されたレンズに失礼だろう。そのうち、ちょっとまじめに使ってみたい。








最近にするとこのくらい

繰り出す。
組み込みフードがない分、ローレットが以上に長く感じるのがデザインの特徴だ。ただ、高校生当時は、135mmであっても、フードは組み込みスライドだと、高級感があって、こういうデザインには気持ちが入らなかった。今見ると、これはこれで、なかなか良いデザインに感じる。









フードは
別にジャンクとして買った。結構使い込まれて、塗装のはげもあるが、いい感じだ。フードはこのくらい深いほうが実用的には効果があるのだろう。その点では、ねじ込みの方が良いのだろう。そして、この状態としてのデザインは、なかなか
レンズと、フードのつやが違うのは、世代の差だろうか、それとも、使い込まれたフードが、もともとのつや消しが、てかてかになったということだろうか。当時実物を見ていないので、判断が付かない。








いわゆる
M42のスクリューマウントで、「自動絞り」(この自動の意味は、Google検索などで知って欲しい ちょっと難しいかもしれない)のためのピンが出ているだけだ。
Aの文字は、自動の露出のためではなく、さきほどの「自動絞り」のためのもので、いまの若い人には、説明は難しいかもしれない。
レンズとしては、単純な作りだが、当時は、一眼レフに交換レンズを使うといえば、「カメラ狂い」とか「カメラきちがい」とかいうように思われがちだった。それほど、普通の生活には必要なものではなかった。
中学校の修学旅行のとき、担任の先生が、借りてきた広角レンズつきのカメラで、「広角だから、広く写るぞー。おっと、そこまで入っちゃうぞー」と、ニコニコしながら、えらそうに撮っていたのを思い出す。


135mmは思い入れのある焦点距離なのだが、中古レンズやジャンクレンズとしては、あまりたくさんは出てこない。やっぱり、みなさまは200mmだったのかなあと思う。このまえ、レンズの在庫を調べても、思ったより手持ちが少なくて意外だった。まあ、今では使い道が少ないので、「いまさら」と、買わなかったのも理由かもしれない。



【雑談】今年ももうすぐ一年が終わるなあ。「春よ来い」と思っていたら、地震に襲われてしまって、物質の上でも、気持ちの上でも、きびしい状況となった。そのあと原発事故で今でもまだ、きびしさは続いている。それで、吹っ切れずに、写真撮りをする気持ちが戻らないままに、きてしまっている。まあ、今年はこんなもんだろうと、思うしかない。フィルム一眼レフの好きな若い人と合えたので、良いこともあった年だった。
(2011.12.3 )



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