プロローグ『響』 2002年4月4日、はばたき学園では入学式が行われようとしていた。 講堂に集うのは、真新しい制服に身を包み、やや緊張した面持ちの新入生たち。そしてその父兄。 それから………教師をはじめとする学園関係者たち。 その中に「彼」はいた。 190cm近い長身に、姿勢良く隙なく着込んだダークスーツ。 すっきりと整った面差しの上に、かけられた眼鏡がその理知的な印象を強めている。 その姿は、教師達の列の中にあっても一際目立つ。 彼の噂を知る者からは、あれが噂の……と多大な好奇心と僅かながらの畏怖の視線が、 また何も知らない女生徒などからは、ほのかな憧れやときめきを含んだ視線が、 彼、氷室零一に浴びせられる。 が、当の本人にはその視線を意に介する様子は、全くない。 彼は、この先1年、自分が受け持つ事になる生徒達に、冷徹な視線を走らせていた。 既に生徒たちのデータは彼の中に完全にインプットされている。 その名前はもちろん、学籍簿に記載されているデータ……中等部の成績、部活動での実績、家族構成、あるいは交友関係まで、全て。 ざっと一通り見て。 彼は、自分のクラスの列に、生徒が一人足りない事に気付いた。 己のデータベースの中から、足りない生徒のデータを検索する。 『確か………学外から編入してきた生徒だ。 名前は「」。 入学式から遅刻………か?』 その端正な眉が、ややひそめられる。 中等部の学籍簿のない彼女には、そのデータもない。 『しばらく、厳しく監督する必要があるとは思っていたが、どうやら正解だな』 氷室学級の今後の方針について認識を再確認しつつ、軽く眼鏡の位置を直す。 いよいよ式典も始まろうかというその時。 多くの人間が発するざわめきを縫って、リン………とかすかな鈴の音が、彼の耳をかすめた。 『この音は………?』 その音に導かれる様に視線を投げた先に、………彼女がいた。 遅れた事に少し慌てた様子で、クラスの一番後ろの席へ急ぐ少女。 席につけば、式典に間にあった事にホッと安堵の吐息を漏らしているのが遠目にも良く分かる。 リリン……と再びかすかな鈴の音が聞こえたと思った瞬間、少女が顔をあげた。 黒目がちな大きな瞳が、まっすぐ………彼を見た。 「私が君達を担任する。氷室零一だ。 私のクラスの生徒には、常に節度を守り、勤勉であるよう心がけてもらいたい。」 入学式の後。 初めての教室に集まったやや緊張気味の生徒たちの顔、新しい教科書とノートの匂い。 新年度独特の緊張感がそこにはある。 そしてまた、その緊張感は彼の好むところでもある。 生徒たちとは違って特に生活が変わったりするわけではないが………、 やはり物事が始まろうとする時、そのリセットされたまっさらな状態は、これからの無限の可能性を暗示し、それは彼にとっても心地よいものでもある。 「以上だ。 質問のある者は?」 「はーい、質問。 先生、恋人はいますか?」 毎年必ずどこのクラスにも、一人はこんな事を聞く生徒がいるものだ。 がしかし。 彼のクラス――氷室学級ではそれは許されない。 「たった今、節度を守るよう言ったはずだ。」 即答。 最初が肝心、と彼が思ったかどうかは定かではないが、抑揚を抑えた厳しい声がその質問を切って捨てる。 シーンと教室が静まり返る。 「………他には?」 教室をぐるりと見回して訊ねる。 その時に、ふと一人の女生徒が彼の目に止まった。 「………ん? 君……。」 「は、はい!」 顎の高さでそろえた髪に、どちらかといえば童顔……まだあどけなさを残しているその顔の中で、黒目がちの大きな瞳が印象的だ。 急に呼ばれて驚いたのか、その瞳を丸くして彼女の名前を呼んだ教師に答える。 その彼女の瞳に、彼の動きが一瞬止まった。 『………この瞳、だ。 私を見た、のは。』 が、名指しされた後の一瞬の間に不安になったのか、少女の瞳が緊張に揺れる。 そのわずかに怯えた様子に、彼は知らず早口になる。 「……スカーフが曲がっている。 直したまえ」 「え………? ぁ!」 自分の胸元に目をやった彼女は、急いでスカーフを直した。 「よろしい」 その様子を確かめて言葉をかける。 生徒が彼と対峙して緊張するのはいつもの事だ。 彼は内心軽くため息をつくと、言葉を継ぐ。 「一日も早く諸君らが、氷室学級の一員としての自覚と自負を持つ事を期待する。 以上だ。」 そしてHR(ホームルーム)は終わった。 2002年4月4日。 はばたき学園入学式。 ここから、彼らの物語が始まる。 >>next 2002.09.06. |
>BACK >>GSトップへ 素材提供:Angelic〜天使の時間〜様 む、難しい………(T▽T) たったこれだけの事なのに、まとめるのにエライ時間かかってしまいました………。(落涙) しかもちっともドリームの意味ないし。(T▽T) ホント、修行が足りません………。 顔洗って、手、足洗って、風呂入って出直してきます………。(泣き逃げ) こんな処まで読んで頂いてありがとうございました。 |