『Steps』 4 そして11月9日。 まるでこの日が文化祭である事を知っていたかの様に、空は晴れた。 「こっち、譜面台足りないよ〜」 「椅子の位置見るから、誰か指揮台に立って」 「吹奏楽部は青のビニールテープでバミって下さーい!!」 は、実行委員から渡された青いビニールテープで、椅子の位置の目印をステージの床に貼った。 どうやら、今日の午後のステージは吹奏楽部だけではないらしい。 最終リハーサルと同時にセッティングのための準備も同時に行われる。 こうしたステージが初めての達1年生にとっては、とにかく初めての事ばかりである。 指示される事についていくだけであっという間に時間がすぎてしまう。 そうこうしている間に、本番前、最後の合奏となる最終リハーサルは終わった。 「おっと」 「…あ!す、すみません」 が舞台袖に戻る先輩に道を譲ろうと後ろに一歩下がった瞬間、背中にトン!と軽く何かがぶつかった。 限られたスペースをそれなりの人数が行き来していると、気をつけていないと誰かにぶつかったりしてしまうのだ。 あわてて振り返れば、両手に楽器と楽譜を持った望月部長が苦笑していた。 「頑張って段取り覚えておいてね。 来年は君たちが教える立場になるんだからね」 って、脅かすワケじゃないけど――と更に言葉を続けて笑う。 実際、演奏以外のセッティングや準備は2年生が中心に行っていた。 3年生はほとんどが演奏に専念している。 運動部の3年生は、夏の大会が終わればそのまま引退していくが、文化部については様々な便宜上、ほとんどの3年生が文化祭まで残る。 となれば、これも引退の時期が遅い文化部ならではの知恵といったところなのかもしれない。 「部長ー!!」 舞台の袖から他の部員が呼ぶ声がかかる。 「はいはい、今行くよー。 お互いに、本番も頑張ろうね」 楽器を持ち替えて軽くの肩をたたき、にっこり笑うと、彼は呼ばれた方へ足早に戻っていった。 ・◇◆◇・
そして、午後。 いよいよ舞台の幕は上がろうとしていた。 ――どうしよう。 舞台袖、幕の隙間から観客席を覗いて、はじっとりと冷たく汗ばむ自分の両手を握り締めた。 間もなく――そう、今ステージ上にいるギター・マンドリン部の演奏が終われば、今度はたち吹奏楽部の番である。 その順番を待ってここに待機しているのであるが………。 リハーサルの時にはいなかった観客とその数を目の当たりにして、ドキンとの胸が大きく音を立てる。 先ほど、関係者以外立ち入り禁止であるはずのステージ裏にひょっこりと顔をのぞかせた弟、 『過程は重要だ。が、しかし結果が伴わなければ意味はない』 いつかの言葉が、こんな時に限って思い出される。 その結果は、これから向かうステージ上で、たった一回きりの演奏にかかっているのだ。 やり直しは効かない。 やがて、演奏を終えたギター・マンドリン部の部員達が反対側の舞台袖に下がっていくと、舞台の照明がおとされたのを合図に、いっせいに椅子や譜面台といったステージ上のセッティングが始められる。 も緊張に高まる胸をおさえながら、他の部員と一緒に椅子や譜面を運び、そして楽器を持って自分の席についた。 次に照明がつくのは演奏が始まる時である。 手のふるえを抑える様に無意識にフルートを握りしめていた手を開いて、手のひらの冷たい汗をぬぐい、指をほぐす。 抑えきれないその緊張が頂点に達しようとしたその時、ステージをライトが照らし、舞台袖からゆっくりと歩いてきた氷室が指揮台に立った。 氷室の登場に、楽団全体にさっと緊張が走る。 が、当の氷室はと言えば、いつもと同じダークグレーのスーツに、指揮棒、そして表情。 普段音楽室で合奏を行う時となんら変わりはない。――全くいつも通りの姿だった。 そんな氷室の様子に、は一瞬自分がいつもの音楽室にいる様な気がして、不思議と肩に入っていた力が抜けていくのを感じ………。 氷室が、ゆっくりと部員全員を見回してから指揮棒を構え、いつもよりほんの少し長い間合いをとった後、演奏が始まった。 ――あ、吹きやすい………? 最初のフレーズを奏でて、緊張でガチガチに固まっていたはずの指がすんなりと動き出した。 何故そう感じたか分からないまま、しかし曲は進み、彼の指揮に夢中でついていく内にあっという間に、演奏は終わった。 先ほどの待ち時間は永遠に続く様に(ある意味続いて欲しいとも思っていたのだが)思われたのに、実際に演奏した時間はあっけないほど短く感じられた。 一番心配だったソロも、勢いにまかせて――という部分もあったが、何とか間違えずに吹き終える事が出来た。 その緊張の反動なのだろうか。 舞台の片づけを終え、クラス展示の手伝いに向かおうとしている今も、どこか現実感がなく、ともすればボーっとしてしまいそうになる。 「」 階段をおりながら、名前を呼ばれた気がしてふと立ち止まる。 が、声をかけたとおぼしき相手が見当たらない。 聞き違いだろうかと思った時、上から再び名前を呼ばれた。 「」 「はい!」 今度は確かに聞こえた。 その声は間違えようのない、よく知る声で。 が、相手が見えないまま反射的に返事をして振り返ると、ゆっくりと階段を下りてくる氷室がいた。 も今降りたばかりの階段を駆け上り、踊り場で二人は向かい合った。 「どうだ?本年の演奏会の感想は?」 小さな咳払いの後のいきなりの本題には一瞬考え込んだ。 「はい、………わたしできる限りのことはした――と思います」 「そうだな。今日の演奏会は君の演奏に支えられたと言ってもいい」 対する氷室の答えは、とは対照的に迷いのない――そしてにとっては意外な言葉だった。 「………君をみていて、私は、少し実験をしてみたくなった。 来年の選曲は、君たちの意見を取り入れてみようと思う」 秋の柔らかな日差しが、黄色の銀杏の葉を透かして、窓から降り注いでいる。 その光が描き出す模様が足元に揺れるのを見ながら、は氷室の言葉をそっと胸の内で繰り返す。 先ほどまで、もやがかかった様にボンヤリとしていた頭が、まるで霧が晴れる様にすっきりと鮮明になっていく。 自分の演奏が演奏会を支えたと言うのなら、その演奏を支えたのは間違いなく――目の前に立つ氷室本人に他ならない。 それは顧問として、指揮者として、あるいは担任教師としての職務によるものだとしても。 その鮮やかな視界の中で、のいらえを待つ氷室は、今初めて出会った人の様に見えた。 「………どうだ、やってみるか?」 「はい」 「よろしい」 そう答えた彼の口元にはかすかに満足そうな笑みが小さく浮かんだ。 「以上だ」 いつもの様にそう言い階段を下りていく背中を見送りながら、その小さな笑みにトクンと音をたてた胸をそっとおさえた。 |
>BACK >>GSトップへ 素材提供:Angelic〜天使の時間〜様 たいへん、とっても間が空いてしまいましたが、文化祭当日です。 やっと文化祭を終える事ができました(^^; このファイルはさんも相当力入ってますが、書いている自分も、学生時代を思い返しながら、 あーでもないこーでもない、と最後まで散々いじくりまわしていました。 少しでも舞台裏の雰囲気が伝われば幸いです。 ちなみに「バミる」というのは放送業界用語らしいのですが、 『スタジオなどで、出演者が立つ位置がわかるように、ガムテープなどで印を付けること』を言うのだそうです。 学生時代よく知りもせず使っていた言葉がよもやこんなところにまた顔を出すとは思ってもみませんでした(^^;;; ちなみに今日はプランスのお誕生日ですね……… プランスの続きも出来るだけ早めに再開できる様に頑張ります(^_^;A こんなところまで読んでくださってありがとうございました。 |