『Steps』 3 「何それ!! ほんっと、信じらんない〜っ!!」 その素っ頓狂な声に、遙か遠く――10m以上は離れているだろうか――渡り廊下を歩いていた生徒が振り返った。 「な、奈津実ちゃん…」 そんな気配を感じて、叫んだ張本人である奈津実をやんわりと珠美がなだめる。 「だって、そんなのってアリ? プレゼントだよ、誕生日プレゼント!!」 が、一向に奈津実の声はトーンダウンする気配はない。 右手には菓子パン、そして左手には牛乳瓶を手にしたまま、まさに開いた口が塞がらないといった状態である。 もし、彼女が手にしていたのが瓶ではなくてパックの牛乳だったら、握りつぶされてその中身が飛び出していたかもしれない。そんな風にも思える奈津実の前で、は肩をすぼめて小さくなっていた。 そう、この奈津実の雄叫びのきっかけは、自分の話だったから。 文化祭の準備期間が始まってから、お天気の良い日はこうしてひなたぼっこしながらのランチが定番になっていて。 そして今日、意気揚々と氷室に対するイタズラの守備を報告した奈津実に、は思わず訊いてしまったのである。「氷室先生、受け取ってくれたの?」と。 そこからなし崩しに、誕生日のプレゼントを受け取ってもらえなかった話をする事になり、現在に至る。 「しかも純粋な感謝の気持ちだって言うのに、一体どんな神経よ!!」 「………まぁ、誕生日のプレゼントに邪念をこめる人間の方が珍しい気もするけど」 「まぁね、アタシくらいかな………って、問題はそこじゃな〜い!!」 呆れた様な志穂の言葉にも、奈津実の怒りは収まらない。 「でも、そうね………。 うちのクラスでも氷室先生に受け取ってもらえなかったって言ってた子達がいたわ。 氷室先生、そうやって全部断ってるんじゃないかしら?」 「受け取ったって話聞かないもんね」 「うん………」 そんな奈津実とは対照的に冷静な志穂の言葉に、珠美との二人が頷く。 「プレゼントの金額や内容にもよるでしょうけど、来月はテストもあるし………。 仕方ないんじゃない?」 「仕方ないって、乙女心を何だと思ってんのよ〜!」 「氷室先生の辞書に『乙女心』って言葉があると思う?」 「………思わないけどさ」 一瞬の間の後。これには奈津実も含めて全員が深く深く頷いた。 「ありがと、奈津実ちゃん。 わたしならもういいから。ね?」 そして、当の本人であるが苦笑しつつそう言えば、奈津実も小さなため息をつくとそれ以上言葉を重ねるのを止めた。 ――仕方ない 志穂の言葉どおり、もそこに落ち着いた。 教師とは、全ての生徒に公正な態度を要求される立場である。 の用意したプレゼントは決して高価な物ではないが………。 その内容以前に、一切の「贈答品は受け取りかねる」という彼の姿勢は、ある意味とても彼らしいとも思えた。 けれど、そう思いつつも、どことなく落ち着かない自分も感じていた。 ただ、日頃のお礼――例えばそれは、クラブ活動で遅くなって家まで送ってもらった事だったり、随分前の事になるが補習授業での指導についてだったり――を出来れば、と気軽に思っての事だった。 それなのに、あの日氷室の背中を見送ってからずっと、小さな棘が刺さったように、時おり何かが小さく痛む。 先ほどの奈津実の言う「乙女心」に、何となくドキリとしてしまうのは、その痛みの理由が分からないからかもしれない。 と、奈津実がやっと静かになり、なごやかなランチとなったその時。 コホン。 たちの頭上から小さな咳払いが聞こえた。 ――ぇ? 何気なく後ろを振り返れば、黒い革靴に、制服とは違う――しかし見覚えのあるダークトーンのスラックス。 その足につられる様に仰ぎ見れば、 「ひ、氷室先生?!」 つい先ほどまで話題の中心だった人物、氷室零一その人が、見下ろしていた。 「えっ?!」 「げげっ!!」 「……っ!」 それぞれに驚きの声を発する女子生徒たちの様子をどう受け取ったのか………。 しかし、その変わらぬ表情からは読み取る事はできない。 「昼食中、失礼する」 そのまま彼は一言律儀に断ってから、言った。 「藤井」 「ふ、ふぁいっ!」 パンをくわえたまま固まっていた奈津実が名前を呼ばれて反射的に立ち上がる。 「せっかくだが、私は一教師として、特定の生徒からの贈答品は受け取りかねる。 持ち帰りなさい」 彼はそれだけ言うと、何やらリボンの付いた箱を奈津実に手渡した。 そう、その箱こそ、つい今しがた奈津実がその守備を自慢した、氷室へのプレゼントの箱に他ならなかった。 おそらく、ご丁寧にも散乱した紙吹雪も回収して戻されているのだろう。その箱が奈津実の手に渡った時、小さな紙吹雪が一枚ヒラリと箱からまいおちた。 そして更に、奈津実が何か言い返すよりも早く、新たな言葉が紡がれる。 「それから、ここでは上履きではなく、外履きを着用しなさい」 その場にいた他の3人も思わず自分の足元を振り返る。 このランチスポットである中庭は、体育館との渡り廊下から、コンクリートの犬走りの上を歩いてやってこれる。 もちろん、全員が上履きのままである。 そう注意した本人の氷室以外は。 その事に、全員の注意が向いたその時である。 「あっ!!」 氷室の正面に立っていた奈津実が、驚いた様に大きな声を上げると同時に、氷室の後ろを指差した。 そして全員がそちらを見た隙に、再び氷室の手にプレゼントの箱を押し返すと、そのまま自分の弁当箱を拾って、一目散に、走った。 「そんな事言わないでもらっといて下さ〜い♪」 との台詞を残して。 「待ちなさいっ!藤井!!」 もちろん、そんな事を聞く奈津実ではない。 一向に走る足をゆるめず「待ちません〜」という返事と、笑い声だけを残して、そのまま行ってしまった。 台風一過。 ――ではないが、嵐が去った後の様な………、そんな空気がそこにあった。 その場に残されたのは、そんな二人のやり取りを呆然と見守っていたと珠美、それから呆れた様子でメガネの位置を直す志穂。 そして、不機嫌そうに眉間の皺を深くした氷室、である。 「全く………」 そう言ってふりかえった氷室と、の目がふとあった。 何か指示でもあるのだろうか、と、その視線を受け止め、言葉を待つ。 彼は、今まで――と、言ってもの知る範囲で、あるが――指示を与えたり、指導する時、必ずその相手の目を見た。 ――? が、氷室からの言葉はなく……。 「先生」と呼ぶ志穂の声に、その視線は外された。 時間としてはほんのわずかな一瞬だったろう。 「有沢、君から藤井に返却しておいてくれたまえ」 「分かりました」 の見ている前で、氷室から志穂にその箱が渡される。 その箱と氷室を見ながら、何となくは思った。 ――もしかしたら、氷室先生は………わざわざ奈津実ちゃんにコレを渡しに来たのかな? 昼休みだというのに、どこにいるか分からない生徒を探して、中庭まで。 相手は生徒なのだから、呼び出しという方法もある。 あるけれど、相手はあの奈津実である。 確かに、素直に職員室に出向いたりしないだろうが………。 それでも、奈津実のクラス担任や、他にも誰かしら言付ける事は可能だろう。 奈津実と同じ様に、氷室に直接渡すのではなく、職員室へプレゼントを届けた生徒は他にもいたかもしれない。 その生徒一人一人に、こうして自ら返しているのだとしたら………。 その考えは、志穂に箱を渡し再び向き直った氷室によって遮られた。 「」 「………はいっ!」 「君は、今日、日直だったな。 配布物がある。 昼食が済み次第、職員室に取りに来なさい」 「はい、わかりました」 「以上だ」 昨日の階段と同じ様に、立ち去る氷室の背中を見送りながら、不思議との気持ちは晴れていった。 |
>BACK >>GSトップへ 素材提供:Angelic〜天使の時間〜様 先生のお誕生日の翌日、になります(^^) この章を書き始めて、わたしの中で有沢さんの株が急上昇しています。 元々、かなり好きな方のタイプなのですが、 なっちんとここまで楽しい会話をしてくれるとは………(^▽^) そして、何やらヒムロッチとなっちんも、宿命のライバルとして燃えてくれて、 楽しいです。(笑) 今回の肝は先生の背中でしょうか………(〃∇〃)きゃ 文化祭はいよいよですvv こんなところまで読んでくださってありがとうございました。 |