70万歩の旅~巡礼の路を歩くⅡ-⑤ 2016・08・06~08・29

Limoges(リモージュ)----Perigueux(ペリグー)---Port Saint Foy(ポート・サン・フォイ)---Bazas(バザス)
            ---
Mont de Marsan(モン・ ド・ マルサン)---Orthez(オルテズ)  歩行日数24日間
歩行距離:493.3km 歩数:725、063歩 (万歩計) 1日平均:20.55km ザック重量:約10kg

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 実は、これまで使用して来たガイドブックは10年以上前に発行されたもので、現在のルートに対応していない箇所が
あり、参考にならないことがままあった。そういえば、ソルジュのマダムも参考にならないから『捨ててしまいなさい。』と
まで言っていた。そこで、ペリグーのジットのご主人のポールに相談して新しいガイドブックを手に入れた。それが上の
『Miam Miam Dodo』である。[Miam Miam]は、幼児語で『まんま』、[Dodo]も幼児語、『おねんね』ということ。つまり、巡礼
路上の食べること、寝ることのガイドブックなのだ。ルート地図も詳細でしっかりしている。大いに役立った。

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=第13日目=

8月16日(火)晴れ:Perigueux===Mussidan---Fraisse 21.1km(211.9km)  31,006歩 Gite泊(1泊3食:37€)



 ペリグーの駅を7時02分発の電車に乗った。昨日の疲れはあまり感じなかった。20分もしてムシーダンの駅頭に立
った。昨日は寝床探しに必死で町の様子を知る余裕さえなかった。市役所や観光案内所の近くを通り、町の教会に向
かった。
ムシーダンの教会はこの町のシンボル、巡礼の起点となっている。朝早く、町はまだ眠っていた。静かな町並
みを通り抜け、10分も歩くと教会に着いた。教会の扉は閉まっていて、中に入ることはできなかった。正面の階段に
一旦リュッを下ろし、新しいガイドブックで今日のルートの確認をする。迷うことはなさそうであった。空気のピンと張った、
少し冷気さえ感じる中を歩く。今日のジットはペリグーのM.ポールに予約して貰った。ムシーダンからフレッセまでは
15km弱の距離で急ぐことはない。多分、ゆっくり歩いても1時には着くはずである。

 20分も歩くとムシーダンの住宅地を抜けた。たらたらと続く長い登り坂を2人のマダムが話をしながら歩いている。
『ボンジュール!』フランス人は知らない人にでも、皆愛想よく、気持ちの良い挨拶を交わす。私は彼女たちを追い
抜いて、ドンドン坂道を登り、綺麗な森の中に入って行った。ところが、15分か20分位経ったところで、前方から
彼女たちがやって来た。『散歩でもしているのですか?』と聞くとそうでもないらしい。2度も会うのは何かの縁。一緒に
写真を撮った。


《貝殻が道標として吊るしてあった》

 ムシーダンから森の中を抜け、高速道路のガードをくぐり、ガイドブックの地図どおりに歩く。迷うことはなかった。11時、
小さな村、
St. Gery(サン・ゲリー)に着いた。村の入り口に店があった。『ボンジュール!ビールはありませんか?』3時間も
歩いていると、やはり暑さが身に堪えてきた。陳列ケースの中を見ると、大きなハムも売っている。『ハムもください。ここ
で食べてもいいですか?』と聞くと、ダンナは『しょうがないなあ!』というような顔をして許してくれた。ハムをつまみに
ビールをあおった。冷たく冷えたビールが咽喉を通過する。
『旨い!』(^_-)-☆

 一息入れて歩き始める。5分もすると村の教会があった。『休憩、昼にしよう。』と思い、教会前の草むらにリュックを下ろ
した。水を飲み、パンをかじっていると、老年夫婦がやって来た。『ボンジュール!』『私は日本人です。名前はAkihiko、
[Aki]と呼んでください。』『私たちはフランス人です。私は、ジョセフィーヌ。彼はジルよ。どうぞよろしく。』と名乗り合った。
彼らは私よりも3~4歳年上だった。2か月かけて、スペインのサンチャゴ・デ・コンポステーラまで歩いて行くのだという。
彼らもリュックを下ろし、昼食を取り始めた。ジルの食べる赤く熟れたトマトが無性に美味しそうに見えた。そんな自分に
少しばかりはしたなさを感じた。



 小1時間の休憩の後、私が先に発った。しかし、暫くして私がまた休憩していると、彼らは『また後でね!』と言って追い抜
いて行ってしまった。たまたま今日泊まるジットは一緒だった。彼ら二人が先を歩いて行く。アレ?彼らが左に曲がって行っ
てしまった。『ジットのある
Fraisseフレッセ)は確か真っ直ぐに行くんだ。』 声の届く距離ではなかった。『大丈夫なのかな。

と少し心配しながら私はガイドブックの地図に従って、そこでは曲がらずに真っ直ぐに歩いた。
 長い下り坂の木陰で休んでいると、一台の車が停まった。『ボンジュール!あなたは巡礼のM.Akihikoですか?』『ウイッ!』
『私はジットのミッシェルよ!』何と、今夜泊まるジットのマダムが車で迎えに来てくれたのだ。『ありがとうございます。ただ、
私は歩いて行きます。荷物だけは持って行って貰えますか?』 ガイドブックの地図上でジットの位置を教えてもらい、身軽に
なってフレッセへ向かった。小1時間歩くと、教会の尖塔が見えた。『着いた!もう直ぐだ。』予定通り1時だった。

 フレッセの教会は四つ辻に立っている。文字通り村の中心的存在だ。ジットはその四つ辻から直ぐのところにあるはず。
ジットのマダムに地図に印を付けて貰った。しかし、その位置らしきところを探せど、一向に分からない。人に聞こうにも人が
いない。うろうろしながら、『あそこまで行ってみよう。』とかなりの距離を歩いたところに、1台の車が追い抜いて行った。かと
思うと、その車が引き返してきた。若いマダムが運転し、助手席には子どもさんであろう女の子が乗っていた。『どこに行きた
いのですか。』『このジットです。』とガイドブックを見せると、『そのジットはここではありません。全く違います。』彼らはジットの
マダムをよく知っているらしい。
私は狐につままれた思いであった。『もしよろしければ送りましょうか?』『是非お願いします。』
ということで、車の後部座席に乗せて貰った。車はフレッセの村を抜け、私が歩いてきた道をドンドン戻って行くではないか?
数分走ると、助手席の女の子が『この道を曲がればいいはずよ。』と言った。何と、その道は、先ほどジルたちが曲がって
行った道なのだ。『さあ、ここよ。』と若いマダムが言って、車を降りた。続いて私も降りた。2時半だった。結局、迷い迷って
4~5km余分に歩いたことになった。しかし、ここでもまたお世話になってしまった。



 部屋に案内されると、ジルとジョセフィーヌが既に着いていた。ジルは上半身裸でベッドに身を横たえていた。『やあ!』と
言って私を迎えてくれた。『暑い!たまらん。ビールが飲みたい!』と私が言うと、『母屋に行けば飲ましてくれると思うよ。』
とジルが言うので行ってみた。ご主人がいたので、『ビール飲めますか?』と聞くと、『ビール?こいつ来たそうそうビールと
は』というような顔をしたので、『後でお金は払いますから。』というと、『仕方がないなあ』というような仕草になって、奥の冷
蔵庫からハーフサイズのビールを1本持ってきてくれた。私はビンさらあおった。
(^_-)-☆ 
 部屋に戻って、ジルに『旦那に変な顔をされた。』と言ったら、『着いてそうそうビールが飲みたいと言われたのは、AKIが
初めてかもしれない。良いの、良いの。』と言って彼は愉快そうに笑った。

 寝る前、歯を磨こうとした時、いつもリュックに吊るしてあるコップの無いことに気付いた。『アッ!ペリグーのジットに忘れて
きた。』 このコップ。ちょっとした思い出のあるコップで値段も少し高目のもの。

 
*忘れ物 アー忘れ物 忘れ物*

 このことをジルに話すと、『コップなんか必要ないよ。第一
AKI
は荷物が多過ぎる。捨ててけ、捨ててけ!』と取り合って貰え
なかった。それより、『新しいガイドブックを買ったので、古いものをこのジットにおいて行く。』と言うと、『それは良いことだ。』
と賛成してくれた。


=第14日目=
8月17日(水)曇り:Fraisse---Port St. Foy 24.3km(236.2km)  35,720歩  Gite泊(1泊素泊:10€) 

 

 
午前7時にジットを出発するということで、6時半に朝食を取った。簡素な食事であるが、私の好きなヨーグルトが
食べられたことは嬉しかった。マダムにリンゴ1~2個を頼むと袋に入れてくれた。昨日のビール代と合わせて2€を
支払った。そして、午前7時、少し明るくなってきたのでジットを私一人で出発した。昨日ジットの位置を間違えて歩んだ
道を再び歩いた。一度歩いた道は長い下り坂であったし、何となく短く感じた。これまで快晴続きで、毎日暑さに悩まさ
れてきたが、今日は曇っていて歩きやすかった。ジットから約5km、昨日既に訪れたフレッセの教会に着いた。教会
前にベンチとテーブルがあったので、1回目の休みを取った。そして、ジルたちを待つことにし、水を飲んだ。10分も
すると彼らがやって来た。彼らも休むかと思っていたら、『やあ!』とスティックを振って通り過ぎて行った。それ以後、
Port St. Foy
(ポート・サン・フォイ)のジットまで彼らに追いつくことはなかった。彼らは、スペインの西の果て、サン・チャゴ・
デ・コンポステーラまで行くのだという。ゆっくりだが、あまり休憩をしない。その方が良いのだろうか。何となく、『ウサギ
とカメ』の話を思い出した。

 
 

 
途中、Monfaucon(モンフォコン)という小さな村の広場で休憩をする。15分の休憩の間、全く人と出会うことはなかった。
また深い森に入る。サンジャックマークが完備しているので迷うことはなかった。11時15分。少しお腹が空いてきたので
見晴らしの良いところで昼食を取ることにした。この辺りはドルドーニュ川の流域でブドウ酒の産地だ。近くのBergerac
(ベルジュラック)は日本でも有名だ。ブドウ畑が広がっていた。
 リュックを下ろし、まず一口水を飲む。汗をかいた身体に水が染み込んでいった。先ず、ジットのマダムから受け取った
リンゴを食べようと思って袋を開けると、何と、『サンドイッチ』が入っていた。1~2個のリンゴにしては、どうりで少し大き
いと思っていた。嬉しかった。2日前に買ったパンを食べようと考えていたのだが、今日はサンドイッチ、しかも、チーズと
生ハムが挟んである。
(ToT)/~~~ 昨日は途中まで迎えに来てくれたし、今日はサンドイッチを作ってくれた。マダムにも
世話になった。『本当に皆さんのお蔭で歩けるのだ。』と改めて思った。


 
《中世から歩き続けられてきた石畳の巡礼路:石が摩り減っている》

 『この中世から続く石畳の道を何人の人が、何万人の人が歩いているのだろう。どんな思いで歩いたのだろう。』
足の裏から伝わって来る響きを感じながら、一歩一歩踏みしめて歩いた。今日の宿泊地、ポート・サン・フォイの
教会が見えてきた。ドルドーニュ川に出た。今日は珍しく迷うことなく来れたので、泊まるジットには1時半に着いた。
ところが、順調に着いた日に限って、ここのジットが開くのは午後4時。まだ、2時間半もある。若いマダムが歩いて
来たので、『この近くにCafeはありませんか?』と聞くと、『私もその近くに行くので、連れてってあげましょう。』という。
『私は日本人で、今、巡礼の道を歩いている。今回はリモージュからオルテズまで歩く予定です。』等、話しながら歩
いていると、『私はスーパーマーケットに行くの。カフェは、あそこ、ほら隣にあるわ。』マダムはそう言い残して、スー
パーマーケットに入って行った。

 私はカフェに入るやビールを注文した。今日は曇ってはいたが、約25キロ歩き、汗をかいた身体に、何とも言えぬ
美味さを味わった。
(ToT)/~~~ 今日1日歩けたことへの思いを馳せ、また、色々な方たちへの感謝の気持ちを胸に
ビールを飲んだ。
30分程休んで、私もスーパーマーケットで明日以降の食料の買い出しをした。そして、『川を見なが
ら、日記でも書いて午後4時まで待とう。』と思って、ジットの前を通り過ぎると、『
AKI!
』と声が掛かった。ジルだった。
私の例のカウベルの音を聞いて分かったのだという。『こっちきて休まないか。』 ジットの裏庭には椅子とテーブルが
あり、ジョセフィーヌも休んでいた。
 ジルは75歳、10年前、3年掛けて大型のオートバイで世界一周をしたのだそうだ。その間、ジョセフィーヌはまだ働
いていたので同行できなくて、中国やインド、イスラエルには会いに行ったとか。ジル曰く、『南米大陸はいろいろなこと
があり面白かった。』 彼は仕事はもう辞めたが、『蜂蜜取り』を仕事にしていたという。面白い経歴の持ち主でこれから
オルテズまでの10日間、ずっと一緒に歩くことになるかと思うと楽しみであった。


 
ポート・サン・フォイは近辺では大きな町である。夕食は3人で町のブラッセリエに行った。ジットのマダムに推薦され
た店で、土地の人たちで賑わっていた。バイキングで美味しい料理だった。その内容からすれば18€は格安の感じが
した。


    

  

=第15日目=
8月18日(水)晴れ:Port St. Foy---Pellegrue  26.8km(263.0km)  39,355歩  Gite泊(1泊素泊:10€) 

 今日も午前7時にジットを出た。現金の手持ちが少なくなってきたので、銀行の現金払出機でユーロを出そうと街
に向かった。カードから出金するのは初めてのことであった。昨日その位置を確認しておいた。カードを入れる。
画面を見てタッチしてみるのだが、どうも埒が明かない。さて困った。もう一度チャレンジするが同じだった。出し方を
一応理解しているつもりであったが、ダメ。困った。まだ多少の現金は持っているが、それでも3~4日分しかない。
どうしたら良いだろうか。思案したが、結局、時間が過ぎるのみで埒が明かないので、《今日のところは諦めよう。》
と思って歩き始めると、丁度そこにジルたちがやって来た。『お金出せた?』『出せなかった。どうも機械の操作が
違っているかもしれない。一緒に行って出して貰えないだろうか。』『お安い御用さ。』とジルは言ってくれた。彼に
教わりながら操作すると、簡単に出金することができた。何のことはない。一回タッチする場所を忘れていたのだ。
AKI、これで思いっきりビールが飲めるな!』と彼は冗談を言って笑いながら先に歩いて行ってしまった。

 

 ブドウ畑が続く。シャトウ(葡萄酒醸造所)がある。ブドウ酒には興味があるので、ドアが開いていたら立ち寄っても
良いなと考えていたが、生憎開いていなかった。9月には収獲で忙しい。ここではまだ少し早いのかもしれない。
紫色に熟れたブドウを一粒摘まんで口に入れると、ジュワーッと甘酸っぱい汁が口に広がった。今年の出来は良さ
そうだ。ブドウ畑の中を歩く。日陰が無いので暑い。しかし、3~4日前の暑さとは違う。曇っていることも幸いした。
時々ブドウを食べながら歩いた。

    

 
《ジョセフィーヌが作ってくれた料理》                         《ジットの部屋》

 Pellegrue
(ペレグル)のジットは公営である。3時にインフォメーションが開いて、そこで手続きをし鍵を貰って入る。
カフェで彼らと一緒になって、インフォメーションに行った。その2階が部屋である。今日も3人である。『さっきの
カフェはあまり美味しそうでないし、ブラッセリエは夏休みで開いてないので、今日の夕食はジョセフィーヌが作るよ。
良いかい?』良いも悪いも、私にとっては本当にありがたいこと。
(^_-)-☆ 
 夕方近くのスーパーに行って食材を買って来た。
ジョセフィーヌ手作りの料理は、ワインにぴったし、大いに飲んだ。

 
*巡礼路 1000里の先も 一歩から*

 夕食後、俳句の話になった。彼らは『俳句』ということを聞いたことはあるが、詳しいことは知らなかった。日本の
文化として紹介をした。本当は《季語》が必要であるが、難しいことを言っても余計に混乱すると思い、《その時感じ
た思いを575で素直に表す》と説明した。そして、遥かサンチャゴ・デ・コンポステーラまで行くという彼らに上の一句
をプレゼントした。少しの説明を加えると、喜んで受け取ってくれた。


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                                                              つづく