70万歩の旅~巡礼の路を歩くⅡ-⑥     2016・08・06~08・29

Limoges(リモージュ)----Perigueux(ペリグー)----Port Saint Foy(ポート・サン・フォイ)---Bazas(バザス)
               ---
Mont de Marsan(モン・ ド・ マルサン)---Orthez(オルテズ) 実歩行日数24日間
歩行距離:493.3km 歩数:725、063歩 (万歩計) 1日平均:20.55km ザック重量:約10kg

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=第14日目=

8月19日(木)晴れ:Pellegrue---St.Hilaille de la Noaille 24.7km(287.7km)  36,277歩 CH泊(1泊2食:30€)



 リモージュから歩き始めて2週間が経った。その間、天気も良く、体調も良好で順調に歩いてきた。また、途中で
出会った多くの方たちとの交流は本当に楽しいものであった。特に、3日前に出会ったフランス人のジルとジョセ
フィーヌご夫妻はこの後も一緒に歩いていけるかと思うと本当に楽しみである。

 いつも通り私はペレグルのジットを午前7時に出発した。『今日こそは道を間違えないように』と注意しながら歩い
た。幸いサンジャックマークも要所要所の見やすいところに設置してあった。地区のカミーノ協会の方たちに感謝し
ながら『一歩、一歩』と口ずさんで歩く。それにしても、今日はこれまでで一番の寒さである。多分7~8度だろう。
ただ、寒い分には歩くのには全く差し支えない。

 一面ブドウ畑の緑の絨毯は見事という他ない。ドルドーニュ県のワインはボルドーと同じく渋みが何とも言えない。
たわわに実ったブドウの房から一つ、チョット摘まんで口に入れると、ジュワーッと濃いジュースが口の中に広がった。

 
                    
《ボンジュール!頑張って!互いに声を掛け合う》

 順調にSt.Ferme
(サン・フェルメ)という修道院のある村に着いた。午前9時前だった。時間的には休憩に丁度良かった。
修道院の前庭にベンチがあったので、そこにリュックを下ろしてペットボトルの水を一口飲んだ。修道院の横に郵便局が
あったので、2日前2人の友人に書いた絵葉書を出した。そして、『さあ、出発』と気合を入れて、リュックを背負い、四つ
辻まで歩いて行っても標識が見当たらない。『アレッ?』イヤな予感。またしても迷ってしまった? あちこち歩いてみたが、
判らない。自分の居る場所さえ分からなくなってしまった。『聞くしかない。』と思い、若いお兄ちゃんに聞いてみると、流石
若者。スマホのGPSで位置確認をして教えてくれた。どうやら本当は修道院の手前で左に曲がらなくてはいけないものを、
修道院で休むことが先に立ち、標識を見過ごしたらしい。10分の休憩の予定が30分のロスとなってしまった。
(>_<)

 11時近くになり、Courtres
(コトレ)という村に着いた。役所の前の木陰にベンチがあり、そこからは教会も見えるので、
昼食を取ることにした。いつもながらの、鰯の缶詰、桃とパン。少し味気ない。時間的には余裕があるので、45分間の
休憩を取った。『ジル達が追いついて来ないところをみると、私がサン・フェルメで迷っているうちに追い越して行ってし
まったのだろうな。』と思いながら出発することにした。歩き始めてわずか50mほど先の芝生広場に彼らは休んでいた。
『ボンジュール』と私が手を挙げて挨拶すると、ジルはニタニタ笑いながら
『やっぱり、道を間違えた?』と言って、面白
がっていた。
(^_-)-☆

     
     
《サン・フェルメの修道院》


《ブドウ畑の中のシュマン(巡礼の小道)を行く》

                   *広いなあ ブドウ畑の 巡礼路*


  
《着いた!ジットの看板目印》                                   《マダムの作った西瓜がとても美味しかった》

 CH(シャンブル・ドット)のマダム・タレは気さくな人だった。私が着くや否や『暑かったでしょう。何か飲む?』
と言われたので、すかさず
『ビア!』 冷たく冷えたビールが身体に染み込んでいった。(^_-)-☆ 『洗濯物、
シャワー室にある籠に入れておいてください。後で洗っておくワ。』 例によって、まずシャワーを浴びて庭に出
ると、テーブルの上に大きな西瓜があった。『これ食べても良いですか?』『勿論よ。我が家の畑で採れたものよ』
と言って切ってくれた。甘くてとても美味しかった。

 
 『
AKI 、私の夫が今森の中で猟銃小屋を作っているの。見に行かない?』猟銃小屋とはどんなものなのか
興味があったので行ってみることにした。彼女の運転で10分程行くと、美しいブナの森の中からブーンブーン
という電気のこぎりの音が聞こえてきた。数人の男たちが喜々として材木を切ったり、釘を打ち付けたりして働
いている。『夫のベルナドットよ。』と紹介してくれた。彼は、10月の猟のために友人ら6人で大きな小屋を建て
ている。鳩の羽音で驚かせ、一斉に飛び立つところを3~4人で撃ち落とすらしい。猟は毎年10月の一か月間
しかせず、50羽程撃ち落とすという。大の大人が皆子どものように目をキラキラ輝かせていた。

 
               《猟銃小屋 男たちが新しい小屋を建てている》

 


=第15日目=
8月20日(金)雨のち晴れ:
       St.Hilaille de la Noaille
---Brouqueyran 28.2km(315.9km)  41,399歩  Chateau泊(1泊2食:30€) 

 夜中、突然パラパラパラという屋根を打つ雨音と共にかなり強い風が吹き始めて眼が覚めてしまった。
『エー、雨!』 時計を見ると、午前2時半。30分位経つと、増々激しくなった。・・・・『今日は25キロ以上歩か
なくてはいけない。イヤだなあ。』と思うと、なかなか寝付けなかった。『朝起きて、ジルたちと相談して、リュックを
マダムに運んで貰うことにしよう。』そんなことを考え、うつらうつらした。朝になっても雨は止んでいなかった。6時
を過ぎると、隣のジル達の部屋からもの音が聞えてきた。彼らも起きていた。
 『雨が降り、重たい荷物を背に25キロも歩くのは大変だから、マダムに頼んでリュックを車で運んで貰おうかと
思うがどう?。』というと、『それは良い考えだが、
AKI、本当に申し訳ないが、実は、ジルが足を傷めて歩けそう
にない。私たちは今日でお別れになるかもしれない。』とジョセフィーヌ。
(>_<) 全く想像もしていなかった話の
展開に、私は戸惑ってしまった。『残念だが仕方がない。それより、足を大事にしてください。』と、私は了解をし
部屋から出た。マダム・タレが朝食の支度をしている音が階下から聞こえてきたので階段を下りて行った。『ボン
ジュール、マダム』『ボンジュール、
AKI、良く眠れた?』と言いながら、お互いにハグをし、挨拶を交わした。
『マダム、お願いがあります。今日は雨が降ってしまいました。25キロ歩くのは大変だからリュックを今日の宿まで
車で運んで貰えませんか。』『お易い御用よ。』と言って、気軽に了解してくれた。
(^_-)-☆

 朝食が終わって出発の身支度をしていると、ジョセフィーヌが私の部屋に来て、『結局、今日はジルとリュックを
宿のお城までマダムに車で運んで貰い、
AKIと私は一緒に歩いて行くことにしたわ。』『ジルの足は大丈夫?』
『ム・・・今日の宿はお城よ。この後、歩けるかどうかは今日の夜判断することにしたわ。』 実は、私たちが今日泊
まる宿は11世紀のお城。ガイドブックの『Maim Miam Dodo』で調べ、前々日にジルが予約してくれた。彼らもここ
だけには泊まってみたいと楽しみにしていたのだ。

 
《雨の中でも市民で賑わっている市場》                      《ガロンヌ川を渡る》

   
   
《サヴィニャックのローマ橋》

 
7時40分、ジョセフィーヌと私の二人は軽装でCHを出た。10kg程の重いリュックを担がずに歩くことはこんなにも
楽なものかと思った。歩き始めは雨は止んでいたが、30分も歩くと降り出したので、私たちは早目に合羽を着た。
この旅で初めの雨だった。巡礼の正規ルートは雨でぬかるんでいるので、できるだけアスファルトの自動車道の隅を
歩くことにした。1時間もすると予定通り、La Role(ラ・ロール)の町に着いた。ジョセフェーヌがパティスリーで昼食用
にパンを買った。ガロンヌ川の河川敷では市場が開かれていた。彼女はそこでもチーズや果物を買った。私は既に
持っていたので何も買わなかった。

 ガロンヌ川を渡って30分も歩くとCanal
(運河)があり、人々が三々五々集まって楽しそうに飲んだり、食べたりして
いた。そこにジルの乗った車が来て停まった。『ヤー、
AKI!
元気に歩いているかい?』『アー!ジル』『ところで、この
辺りでサイクリングしてみないか?』とジルが言った。『いいねー!勿論賛成だよ。』と私は思わぬ彼からの提案に
賛成した。運転して来たマダムも乗り気であった。ところがその時、ジョセフィーヌがポシェットの中を真剣な面持ちで
何かを探している。『どうした?』とジルが聞くと、
『財布とパスポートが無い!』『エー!』皆一斉に声をあげた。
『ない、ない、ない』(>_<) 彼女は完全にパニクッていた。『さっきパンを買ったときはあったのに・・・・・アッ!パティ
スリーだ。あそこに違いない。』と言うや、3人は車に乗ってラ・ロールの町まで戻って行った。

 私は一人となり、『Auros(オロス)のカフェで会おう。』いうことで歩き始めた。『ここで道を間違えてはいけない。』
と思い、少しく緊張感があった。車は早い。20分もすると戻って来た。『
アッタ!(^_-)-☆ AKI、心配かけて済み
ません。』『良かった。良かった。』私は自分のことのように嬉しかった。ジョセフィーヌと握手をして喜んだ。そして再び
彼女と二人で歩き始めた。ジルとマダム・タレは車で行ってしまった。
その時には、もうサイクリングのことはすっかり忘れていた。

 ジョセフィーヌは日本語に関心がある。三叉路や交差点に差し掛かると、私が日本語で『どっち?こっち。』というのを
聞いていて、その響きに『何と言っているの?』と聞いてきた。私は、『どっち?こっち、あっち、そっち』と、仕草で
彼女にその意味を教えた。すると、交差点に差し掛かる度に、彼女の方から『どっち?』それに応えて私が『こっち!』
私が『どっち?』というと、彼女が『あっち。』 ゲーム感覚で、遊びながら歩いた。
(^_-)-☆



 朝の雨もすっかり上がった。ようやく今日の宿のお城に着いた。ポプラ並木のアプローチが綺麗だ。その向こうに
11世紀のお城が見える。ここが今日の宿かと思うと少し緊張した。マダムに部屋へ案内されるとジルは既に着いて
いた。彼の部屋は目を疑う程の立派な部屋。天蓋付きのベッド、大きな鏡、暖炉、木製の100年時計、ダークブラ
ウンの大きな箪笥、天井には天使の絵が画いてある。きっと王様か御妃の部屋だったのだろうと想像した。ジルは
天蓋付きの大きなベッドに、上半身裸で身を横たえていた。『ヤー、素晴らしい部屋だ!』 私は隣の部屋に案内さ
れた。ベッドが2つと机、椅子が一つあった。ムッ??・・・。執事の部屋?
(´Д`) 『寝るだけだから。』と自分に言
い聞かせた。

 マダムがお城の中を案内してくれた。驚いたのは、私たちが着いた時に迎えてくれたのは、お城の持ち主、世が世
なら王様。マダムはその御妃様ということ。
お金持ちがお城を買って、開放しているのではなかった。家系図があり、
『私たちは一番下に書いてあるわ。』と。




 
                               
 《城主の初代からの家系図》

 
                                      《お城の中の教会と天井画》

 
                                  
《左から王様、御妃様、ジョセフィーヌ、ジル、王子様》

 宿のお城に着いた時、マダムが『口が渇いたでしょう。』と言って、コップに1/3位オレンジジュースをくれた。
《何でこんなに少ない?》と思ったが、お城ということで気おくれしていて言えなかった。そのことを後から、ジョ
セフィーヌが笑いながら、『
AKI
は、本当はビールを飲みたかったのに、緊張していて言えなかった。ジュース
もほんのちょっとだったのよ。』とジルに報告した。
 
 夕食はガスパチョスープ、メインに茄子の煮つけ。お城の料理を想像していたが当に家庭料理、これはこれで
とても美味しかった。
あとはサラダとチーズ。赤ワインもあり、2杯飲んだ。夕食は、城主のご夫婦と私たち3人。
約1時間半の間、ジルとご主人がほとんど話していた。食卓を立ち部屋に戻るとき、ジルが『ほとんど分からな
かったと思うが、長い時間すまなかったね。』と私に言った。『音楽を聞いているようで苦痛ではなかったよ。』と
応えた。
 ジルの足も1日休んだら良くなってきたようで、明日からまた歩けるようだ。明日は12km。ゆっくり歩けば良い。
それにしても誠にすごい一日だった。


                                                        つづく