70万歩の旅~巡礼の路を歩くⅡ-⑧     2016・08・06~08・29

Limoges(リモージュ)----Perigueux(ペリグー)----Port Saint Foy(ポート・サン・フォイ)---Bazas(バザス)
                   ---
Mont de Marsan(モン・ド・マルサン)---Orthez(オルテズ) 実歩行日数24日間
   歩行距離:493.3km 歩数:725、063歩 (万歩計) 1日平均:20.55km ザック重量:約10kg

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=第19日目=

8月24日(水)晴れ:Bourriot Bergonce---Roquefort 14.9km(385.7km)  21,862歩 Gite泊(1泊2食:20€)

 『今日も日中は暑くなるだろう。』ということで、3人で午前7時にシャンブルドットを出た。『
AKI! まだ朝早いから、
住宅地ではカウベルは鳴らさない方が良いよ。』とジル。彼はそんなことにも気を遣ってくれる。『ウィ、そのつもり
だよ』と応える。真夏とは言え、朝の空気は少しひんやりしていて気持ちが良い。シャンブルドットのある住宅地から、
再び
《ランドの森》に入った。今日も55年前に廃線となった軌道跡の真っ直ぐな道を歩く。いつの間にか、マツ林と
なった。後から知ったことであるが、《ランドの森》は
19世紀からマツの植林を一大事業として進めたとか。

 『一歩、カミーノ、頑張ろう』と3人で交互に声を合わせながら歩くのだが、歩くテンポが違い、リズムがなかなか
合わない。《脚の長さが違うのでテンポが合わない》ということが分かった。
((+_+))

 私がジルを追い抜こうとすると、彼はステッキをサッと横に出して通せんぼをする。最初、エッとびっくり。その手
には乗らないと、私はジルの後ろに隠れ、急に前に出る。そんなことをして、楽しく遊びながら歩く。私が前に出ると、
今度は彼が大声で
『助けてくれ!』と叫んでいる。振り返ると、片足がくぼみにはまり、もがいている。『助けて!』
私が戻って、彼の差しだしているステッキを持って、引っ張って助けた。実は、これも遊び。彼がふざけているのだ。
(^_-)-☆


《松林が続くランドの森》                              《地域の人たちが巡礼の路の整備をしている:ありがたいことだ》

《ランド地方の巡礼の道では、山砂の道に悩まされた。半日続いた》


                                            
《ブラックベリーはここにもあった》

  
♪♪♪♪
    
Un kilo metre à pied       
あと1キロだ
    
Ça use ça use           
靴がなる 
    
Un kilo metre à pied       
あと1キロだ
    
Ça use les souliers        
靴がなる   《水野意訳》
  ♪♪♪♪

 
今日の宿泊地、ロックフォールの手前でジルが突然軽快に唄いはじめた。ジョセフィーヌも唄う。つられて私も唄った。
聞いて見ると、小学生がハイキングに皆と出かけたとき、目的地に着く手前で《元気出そう!》と楽しく唄う歌のようだっ
た。《日本にも似たような歌がある》と『お手々、つないで・・・』(靴がなる)の歌を紹介した。
(^_-)-☆


 
軽快に歩けたので、街には午前10時過ぎには着いてしまった。ただ、ジットに入るにはあまりにも早いということで、
街の中心のカフェに入った。ジルはショコラ、ジョセフィーヌはコーヒー、私は勿論ビールを飲んだ。ゆっくり1時間程休
んで、ジットに電話すると、昼前だというのに親切にもマダムが迎えに来てくれた。
 ここの施設設備は素晴らしかった。マダムもフレンドリーで初めから好感が持て、楽しく過ごせそうであった。彼女の
話だと、《多分今日の泊りは3人だけ》ということだった。2段ベッドが4つあったので、3人共下段のベッドを使うことにし
た。ゆっくりできると思った。私たちは、シャワーを浴びた後、荷物を整理して、昼食のために再び街に出た。ただ、店は
ヴァカンスのためかあまり開いていない。結局、ジットとは500m程離れた先程と同じカフェで昼食を採ることとした。私
は牛ステーキのレアを食べたのだが、本当に生に近く、味はまずまずであったが、筋があって苦労した。
(´Д`)


                         
《蔦に覆われた川沿いのレストランと教会:ロックフォールは美しい町だ》

 
                           
《ジットのマダムの手料理:鴨肉のコンフィ》

 
3時頃であったか、一人の男性が飛び込んできた。カプチュールから約30キロ歩いてきたという。私たちが2日で
来たところを1日で来たのだ。″ボンジュール″と言っても、生返事しか返って来なかった。30キロも歩いて来たので
疲れているのだろうと思った。ただ、彼はシャワーを浴びた後も、7時過ぎの夕食まで一人ベッドで休んでいた。

 ジルはipadを使ってジットの予約をしてくれたり、歩くルートを確認したりしていた。私がベッドで一休みをして食堂に
行くと、《
AKI、ipadの画面に向かって何でも良いから話してみろ。》という。私は、先日彼にプレゼントした、*歩むほど 
心の通う 巡礼路*
の俳句を口にして言った。すると、画面にはフランス語が出てきた。彼は、それを読んで頷き、
大いに喜んだ。何と、私の言葉に反応して、フランス語に翻訳されていたのだ。彼は日本語・フランス語の翻訳機能を
インストールし、私に《何か話せ》と言ったのだ。その後、《私が、日本の何処に住んでいるとか。日本の高校生は何を
考えて、どんな生活をしている。》とかを話した。また、フランス語で彼が言い、その内容をipadが日本語に翻訳したりし
て遊び、結構楽しんだ。ただ、簡単な内容はキチンと訳されていたが、かなりいい加減な訳もあった。まあ、それはそれ
で楽しく遊べた。

 夕食は午後7時過ぎから始まった。それまでにも又、カナダからの女性が飛び込んで来た。食事はアペリティフから
始まり、メインはカナール(鴨肉)のコンフィ
(^_-)-☆、赤ワインにぴったり。食べ始めると、更にディジョンからの女性も
来て、賑やかな食事となった。ジットのマダムが
『お国を紹介してください。』私たちの後に来た男性はオランダ人だ
った。『明日も約30km歩きます。』 サンチャゴ・デ・コンポステーラまで一気に行くにはその位のペースで行かないこ
とには行きつかないらしい。ジルの番になり、『セネガル!』というと、オランダの男性が、『エッ、セネガル?』とチョット
びっくりしたように聞き返した。ジョセフィーヌが『また、この人は!フランスですよ。』その言葉に、オランダ人の彼は、
明らかにムッとして、それ以降ジルとは一言も言葉を交わすことなく、デザートが出る前に席を立ちベッドに戻ってしま
った。

 
ただ、ジルは《兵役でセネガルに行っていたことがある。》と後で聞いた。

 

=第20日目=
8月25日(木)晴れ:Roquefort---Gailleres 15.6km(401.3km)  22,995歩 Gite泊(1泊2食:35€)


 

 
ジットのマダムが《道が分かり難いから》と言って、随分遠くまで送ってきてくれた。あまりにも長いこと付いてきてくれ
るので、『どこまで?』と私がジルに聞くと、『多分、コンポステーラまでだろう。』と平然と言った。
(^_-)-☆ほとんど2km
位歩いた街はずれまで送ってきてくれた。お世話になりました。
 途中、今日も山砂に悩まされた。今日は4人で『一歩、カミーノ、頑張ろう!』を繰り返して歩く。ジョセフィーヌがその
意味をディジョンの女性に説明していた。

 ジョセフィーヌは1~10まで言えるようになった。凄い上達である。更に、『物の数え方は?』と。『家は1軒、2軒、
3軒・・・。木は1本、2本、3本・・・。動物は1匹、2匹、3匹・・・』《もうこうなると外国人にはクレージー?》彼女は
直ぐにギブアップした。《日本語は本当に難しい。》
(>_<)
 動物の鳴き声は面白かった。ジルが上手に真似て鳴く。『馬とロバは全く違うんだ。』と言って真似る。猫は『ミャウ、
ミャウ』日本語では『ニャア、ニャア』と私が真似て鳴くと、彼らは面白がって真似をした。一番違うのは鶏だった。英語
では『クックドゥルドゥルドゥー!』とジョセフィーヌが鳴いてみせた。『日本ではコケコッコーと鳴く。』と言って、私が真似
て鳴くと彼らはケラケラとフランス語で笑った。
(^_-)-☆


 
                          
《小さな村ボストンの古い教会とステンドグラス》

 
2時間程歩くとボストンという小さな村に古いロマネスクの教会があった。ロックフォールのジットのマダムに《是非立ち
寄ると良い。》と聞かされていたので、立ち寄ってみた。村の教会ではほとんどのところが普段ドアが閉まっている。ところ
が、ここは24時間開放されているようだった。ドアの前で一礼して中に入ると、すぐ右に小綺麗に清掃のしてある小さな
部屋があった。そして、いつでも休めるように大きなソファアが部屋の隅にあり、コーヒーも自由に飲むことができるよう
に用意してあった。《ひょっとしたら泊まれるのかもしれない。》と思った。教会の内陣に行き、長椅子に座ると、静かな、
本当に静かな曲が聞こえてきた。私は15分程その曲に聞き入った。心が洗われる思いだった。村の人たちが、《巡礼者
がゆっくり休めるように》配慮してくれている様子が分かった。有難いことであった。
 
 
ボストンから更に1時間程歩くと、遠くに教会の尖塔が見えた。ジョセフィーヌと言葉遊びをしながら行くと、ジルとディ
ジョンからの女性が教会の前の階段に座って休んで待っていてくれた。私たちもリュックを降ろして休んだ。すぐ後から、
オランダ人の男性が黙って私たちの前を通り過ぎていった。挨拶をする雰囲気ではなかった。
 10分もすると、『私、出発するワ。』と言ってディジョンの女性はリュックを背負い立ち上がった。私たちはお互いに
ハグをして別れた。《お元気で!、ご無事で!》

 私たち3人はその場で少し早い昼食をして、30分程休み出発した。

 

 
ジットに着いたのは丁度12時頃だった。ベルを押してみると、マダムが元気よく迎えてくれた。シャワーを浴びた後、
マダムにプールを薦めらた。私はシャンセラードの農家でのプールのことを思い出し、『泳げないので・・・・・』と言うと、
『浅いから大丈夫!』ジルからも『気持ちいいぜ。入ろうよ。』と薦められたので、しぶしぶ同意した。庭のプールに行っ
てみると、成る程、子ども用で大きな温泉の風呂位であったので、安心して入った。ただ、泳いでみると、やはりまるで
ダメ。『1回目1m、2回目50cm』とジルが笑いながら言った。足で蹴っただけ。あとは手をバタバタ。まるで溺れている。
自分でも分かった。それでも、猛暑の中、水浴びはとても気持ちが良かった。
(^_-)-☆

 部屋で休んでいると、3時頃になってマダムが『メロンはどう?』と言って、冷えたマスクメロンを切って、大皿に乗せて
持って来てくれた。旨かった。ただ、参ったのは、その後2時間、夕食後も2時間半位マダムの長話が続いたこと。まるで
独演会。『この建物はいつ頃、いくらで買った。』とか『息子は立派に育った。』とか、いろいろ話していたが私には殆ど
9割近く理解できなかった。この時も後で、ジルが《
AKI、付き合わせて悪かったなあ》と。


  
          《夕食は美味だった:豚肉のソテーと温野菜、デザートもたっぷり》


                                                        つづく