=PARIS夏物語=(3)
6 憧れの三ッ星レストラン
  1998年版のミシュラン赤本によれば、“Arpège”はパリに6店しかない
 三ッ星レストランの内の一つである。ナポレオン・ボナパルトの墓のある
 アンバリッドのすぐ近くにある。私たちは、今回パリでの一つのイヴェン
 トとして、『三ッ星レストラン』行きを計画に入れた。混む時はもうそれ
 こそ半年前から予約をしないとダメだと聞いているが、夏は比較的空いて
 いる。ホテル・スラヴィアに頼んで予約を入れてもらったのは約1ケ月前
 であった。同行の若いご夫婦とロダン美術館の前で待ち合わせ、4人は緊
 張の面持ちで三ッ星レストランの・アルページュ ********************
 のドアを開けた。               * ☆☆☆レストラン *
 “BONJOUR”黒い胸あてズボンを履いた、背の高い *  (in PARIS)  *
 若いギャルソンが私たちを迎えてくれた。三ッ星 * Lucas Carton   *
 レストランだから内装はさぞかし優雅な、そして * Taillevent    *
 重厚な雰囲気だろうと勝手に想像して期待してい * Alain Ducasse  *
 たのだが、案外さっぱりしていた。壁には小さめ * Ambroisie    *
 の清楚な花の絵が掛かっており、却って慎ましや * Arpège      *
 かな雰囲気であった。             * Pierre Gagnaire *
  私たち4人は壁際に案内された。私は一番奥に  * [MICHELIN1998] *
 座ったのだが、その足元に直径3センチ位のパイ ********************
 プが通っていて、何となく気になった。『ミシュランの三ッ星レストラン
 ともあろうものが』という思いであった。
  料理は、昼の定食メニューで390フラン(約1万円)である。背の高
 い細面のソムリエがワインリストを見せてくれた。ワインを選ぶのは私の
 役である。私はリストを見て、思わず、
 『
エーツ!』と叫ぶところであった。そして『何だか場違いのところにき
 てしまった』という気がした。何が飲みたいという次元の問題ではない。
 値段の欄に4桁の数字がズラリと並んでいるのだ。高いのは『ナナナ‥ナ
 ント4000F』10万円。最低でも1000F、約2万5000円であ
 る。
 「偉いことになっちやつたに!」三河弁丸出しである。
 「今日はもう清水の舞台から飛び降りるつもりでワインを飲まにゃならん」
 「どうしたの?」と隣に座った女房がが覗き込む。
 「高い!思っていたより遥かに高い」といいながら、リストの次のページ
 を捲ると、400F〜500Fのがポツリポツリとあった。それを見て、
 私は少し安心をした。結局、ソムリエに500F位で選んでもらうことに
 した。結局、彼が選んだのは[CHAPELLE DE LA MISSIN 94]というボルド
 ーのワインであった。ほんのりと渋みがあって、重厚な落ち着きがあり、
 いかにもボルドーというイメージのワインであった。
  ところで、ワインを注文するのに大汗をかいていたのでほとんど気付か
 ずにいたのだが、テーブルの上に3cm位の小さなクッキーのようなもの
 が置いてある。アミューズ・グール[AMUSE-GUEUIE]と言われる、日本で
 言えば『口取り』である。
 「これ食べていいのかしら?生クリームかしら?」と女房がさっそく食指
 を伸ばす。
 「いいんじゃないの。食べてみよう」と私が言うと同時に4人共腕を伸ば
 した。丁度ビールの王冠を引っ繰り返した感じである。
 「パイ皮だな」と言いながら、私は舌に乗せた。
 「ムム・・・?これ、魚のムースだよ」
 「
旨い!
 「ウーン、これは
絶品だ!
 4人共その味のすばらしさに感嘆の声を上げた。パイ皮に白身魚のすり身
 のムースが乗せてあるのだ。ふっくらしていたのでてっきり生クリームで
 作ったのクッキーかと思っていた。ほんのりと甘く、それでいてしっかり
 した上品さを備えていた。パイ皮のパリッとした感覚と魚の美味しさを含
 んだふんわりした感じが絶妙にマッチした一品であった。
 「フランス料理にもすり身があったんだ」
 「そうそう、以前テレビで、女鹿の菅井きんさんがトウールダルジャンで
 食事をしたのよ。その時、『ムッ?これどこかで食べたことある。そうハ
 ンペンよ、ハンペン!』これ聞いて大笑いしたことあるわね」と女房がそ
 の時のことを思い出しながら、私に言った。
これぞ三ッ星レストランの味
 
であった。
  ****
  一皿目はマスタード風味のアイスクリームである。薄〜い緑色、ほんの
 りマスタードの香りがする。真っ赤ないちご色のソースがアイスクリーム
 の周りを囲んでいる。アイスクリームとソースの色のコントラストがとて
 も印象的であった。
 「甘くないアイスクリームなんて、生まれて初めてだわ」
 「おいしいよ、これ。やっぱり三ツ星レストランの味は違いますね。」
 ギラギラと照りつける太陽の下を歩いてきた私たちにとっては、この冷た
 い舌ざわりが何とも快かったし、ほのかなマスタードの香りが食欲を誘っ
 た。
  二皿目には殻付きの卵が出てきた。皿に塩が沢山盛ってあり、卵がその
 上に立てて乗せてある。上部が円くくり貫かれていた。覗き込むと、半熟
 卵の上に“何と!”っやつやと薄鼠色に輝いたキャビアが乗っているでは
 ないか。スプーンで掬って口に運ぶ。4人共、『旨い!』と唸った。多分、
 卵にも薄くソースが混ぜ込んであったのではないか。上品な甘味が舌に残
 った。
  三皿目は冷たいアボガドのスープ。ここまでの料理がアントレ、いわゆ
 るオードブルである。
  
【パリの三ツ星レストランにて:みんな少し緊張している】
  
  
****
 しばらくすると、テーブルも埋まり始めた。フランスの昼も結構遅いのだ。
  四皿目はメインの魚料理である。マグロのレアステーキという表現が一
 番当たっているかもしれない。白ワインのソースで特に絶品という程のも
 のではない。人参やブロッコリーの温野菜が添えてある。
 「これならマグロの刺身の方が、素材の味があって美味しいな」と私が言
 うと、
 「それはそれ、これはこれ」と言って女房は結構楽しんでいた。
  五皿目は肉料理。
 「5時間ローストしたラム肉でございます」と言いながら、ギャルソンが
 大きなラム肉の固まりをワゴンに乗せてやって来た。そして、私たちの目
 の前でお皿に綺麗に盛り付けてくれる。
 「5時間口ーストしたんですよ」と繰り返す。確かにその手の掛けようは
 さすがに三ツ星レストランであり、丁寧に料理してあったが、言う程のも
 のではなかった。
 「デザートは木いちごでございます」と言って、綺麗に盛り付けられたお
 皿が並べられた。
 「わ〜甘い!、本当に甘いなあ。こりゃ食べられん」と言いながらも、私
 は『これがフランスのデザートだ』と自分に言い聞かせてスプーンを口に
 運んだ。
  ****
 『憧れの三ツ星レストラン』の昼食会は、三皿目までのオードブルは『流
 石だ』と捻ったが、期待していたメイン料理には少しの不満が残った。さ
 らに、それが『☆☆☆』のサービスなのかもしれないが、そのクールさは
 私好みではなかった。
    ****
  
因みに、[MICHELIN2005]では、パリの三ツ星レストランは、上記6店に
 次の4店が加わり10店になった。
 
*"Cinq"(Le) *Ledoyen *Grand Vefur *Guy Savoy
                                                    (4)へ続く