初めての夏
私が峠でむかえた八回目の夏は、くろのいない初めての夏でした。
健気に生きたおまえに。
峠での7年間は、くろとの7年間
峠に棄てられた一匹のあどけない子猫だった おまえ。
峠で一匹ぽっちでおおきくなった。
おまえが生きた峠での七年間を忘れない。
春の日はモミジの根元の枯れ葉で終日昼寝をしていた。
夏の日はパーゴラの下のテーブルで死んだように眠っていた。
秋の日は十二単の葉っぱのうえでうっとり顔でおしっこしてた。
雪降る夜は流石のおまえも帰れなくて遠慮がちに泊まっていった。
おまえがのんびりしてると、私ものんびりしたよ。
日ざしの中でおまえがうとらうつらすると、私もうつらうつらした。
雨の日も、風の日も、そして雪の日も、朝な夕な
律儀にやってきたおまえを忘れない。
あの日、峠の道をとぼとぼおりてゆくおまえの後ろ姿に
くーろ!今日はもー帰るの?
足を止めてゆっくり振り返ったけれど、いつものように戻ってはこなかった。
あの時がお別れだったんだね。くーろ!くろ!聞こえるかい、くーろ
峠での私との七年間は楽しかった?
もっとたくさん、だっこしたかったかい?
もっとたくさん、なぜなぜして欲しかったの?
もっともっと、たくさんたくさんお魚食べたかったのね?
ごめんね くろ、
くーろ、くろ! おまえが居なくなって、寂しいよ。寂しいよ、くーろ。
くろや、おまえのいない初めての夏がいったよ
くろのいない私の初めての夏が。
くろとの7年間の為に私は峠に来たのかもしれない。
くろと巡り合う為に峠に来たのかも知れない。
峠に棄てられた黒い小さな子猫が私を必要としたから。
私には見えないけれどくろはやっぱり峠を散歩しているに違いない。
私には見えないけれど秋色の峠の日溜まりでくろは寝そべってうつらうつらしているに違いない。
これからは何時だっておまえは私の腕の中に居るはずなのだから。
もうおなかを減らすこともない。雨にうたれたおまえを拭いてやここともない。
雪のなかを帰るおまえを案じて見送ることもいらない。
私の峠での日々は間もなく終わるだろう。
おまえのいない峠は私を必要としないから
峠での7年間はくろとの7年間だった。