ツツジ最終章

6月6日(金)、先週は台風の影響で出かけられなかったので、週初めから週末の天気が気になって仕方なかった。水曜日頃の天気予報で、金曜日と土曜日が晴れの予報が出ていたので早速休むことにした。

見晴茶屋を過ぎて階段になったとこで、下山者とすれ違った際、大きな音がして振向くと一ヒロもある山カガシだった。下山のおじさんは『マムシだったら』と二回も悔しそうにつぶやき、『こいつは人に向かってくる』と言いながらも、そいつのそばに近寄っていった。蛇の苦手な私は遠巻きに見ていた。

塔ヶ岳の馬の背でミツバツツジが咲いていた。この付近も良く見るとツツジの木が多い。また、山ツツジが花立付近で咲いていた。

久しぶりに大倉尾根を歩いて疲れがでた。余りにも疲れたのでビールを飲んでしばらく横になった。本当にこの登りはきつい。

花立辺りで三脚を担いだ年配の方と、前後して進んだが頂上で休んで居る間に追い越されてしまっていた。塔ヶ岳から日高に向かう階段でその人が戻ってきた。

『遅かったようですね。もう落ちています。』と悔しそうに手のひらを開いて見せてくれたのは、シロヤシオの花びらだった。『重いものを背負ってきたのに---』。それを聞いて、疲れた身体が頭に呟いた。『馬鹿らしいから、ここでひき帰そう。』、『そうだ、そうだ』。半分以上傾いた気持ちを立て直したのは、ツツジの木々だった。ここは何度も登っていながら、これだけツツジが多い事を知らなかった。また、来年の楽しみが出来ると思ったからだ。

歩いていると花の無いツツジの木々が多い。しかし、所々でハッとする色のツツジに出会う。

特に良かったのが不動の峰から鬼が岩の辺りだった。不動の峰は昨年も良かったが今年もまずまずだった。生憎とカメラのフィルターを忘れてしまって、写真は綺麗に取れなかったが景色 には満足出来た。

6日の夜は丹沢での初山小屋泊まりである。今年の2月もここに泊まったが、その時は非難小屋扱いで、食事も電気も管理人も無い状態であり、山小屋とは言いがたい状況であった。

お泊りは平日にもかかわらず20名弱で、遠くは広島・大阪から見えている女性も居た。いろんな会話が交わされていて、聞きたくなくても耳に飛び込んできた。大阪の年配の方は時間を盛んに気に する、トップハンターであった。広島の女性が私は山に、『花を見て、鳥の声を聞いて、美しい景色に出合い、自分の体力を知る。』そんな喜びがあるから登ると話していた。上手い事を言うと思って暗唱した。

夕食は嫌いな肉類が出るものと自炊にしたら、大好きな「おでん」だった。涸沢や、ましてや立山と大違いで、山はこれでいいのだと思った。

明かりの中で見ると、ここはベッドが4個、その上に中二階があり、そこが一番広々と寝られるようである。次回はここを使おうと思う。20時の消灯だったが、若い女性のひそひそ話しと、いびきが気になりなかなか眠れなかった。

朝焼けも、夕焼けも、夜景も全て天気が悪くて良い写真が記録できなかった。メモリースティックも沢山持ってきたが殆ど使い切らないうちに帰る事になってしまった。

帰りも体力と花の状況を考え、当初計画の桧洞丸を諦めて、もと来た道を帰る事が間違いがないと結論を出した。

苦しかった登りで見た景色と、下りで見るのはまた違って見えた。蛭ガ岳の頂上付近のミツバツツジの何本かは綺麗な色で花が咲きバイケイソウと良くマッチしていた。

2003年、丹沢でのツツジ旅は今日で終わった。釣りも1ヶ月近く行かず、花を追っかけツツジた(続けた)が、新 らたに日高、鬼が岩に沢山のツツジがあった事を知った。そして、また来年もそれらの木々と花を楽しみに丹沢の頂を訪れたい。

丹沢ルート再発見