ジェンダー 

最近、男女共同参画社会実現のための大切な視点のひとつとして、
「ジェンダーフリー」という言葉が使われるようになってきました。

でも、この「ジェンダーフリー」という言葉が、
「女性を、今の男性並みにする」という意味に使われていたり、
「ジェンダー」という言葉が、
女性と男性の「違い」として肯定的に使われていたりして、
とても残念に思うこともあります。

「ジェンダー」という言葉は、
「社会的・文化的な性差」と訳されます。
簡単な言葉で言えば、
社会的につくられた「女らしさ」「男らしさ」ということでしょう。

もともと、女性と男性とでは、生物学的な性差があります。
ただ、わたしたちは、その生物学的な性差ではないものまで、
たとえば、性格や特性、役割などまでも、
女と男という2つのグループにふり分けてしまっています。

そういうものは、性別によって決まるわけではなくて、
一人ひとり、個人差があるものです。
ですから、女と男という2つのグループに分けて、
そのグループごとに性格を考えたり、役割を決めたりすることに、
意味はないと思います。

でも、そのようにして、
「女とは、または男とはこうあるべき」というような思い込みが
つくり出されていきました。
それが、「ジェンダー」です。

つまり「ジェンダー」とは、生まれつきの男女差ではなくて、
生まれた後、
まわりから教えられたり自分で見て覚えたりして、
しだいに身につけてきた「らしさ」です。

これまで生まれつきだと考えられていたものも実は、その多くが
「ジェンダー」で説明できるようです。

この「ジェンダー」は、
男女差別を差別だと思わせないからくりだとも言われています。

1.あなたのまわりで
  2.ジェンダーの影響
3.維持されていくしくみ
4.性差の生物学的な証拠?
5.「わたしらしさ」のために