わんだふるはうす 森戸海岸線を行く

葉山マリーナ
江ノ島・裕次郎灯台周遊クルージング

横須賀から大磯まで、湘南の海岸沿いを東西に走る国道。それがルート134号線。葉山御用邸前交差点を左に折れると、逗子・渚橋まで曲がりくねった細い道が海岸沿いに続きます。それが県道207号・森戸海岸線。いかにも葉山らしい風光明媚なこの道路を、2005〜2009年にかけて、ワンダフルハウスが走破しました。このコーナーでは葉山マリーナの江ノ島・裕次郎灯台周遊クルージングをご案内いたします。

ワンダフルハウスは、江ノ島・裕次郎灯台周遊クルージングの3時の便の乗船手続きを済ませました。
クルージングとランチがセットになったお得なプランもあるそうです。
いよいよ出航です…やはり近くで見ると迫力がありますね!(^O^)\
あれです!(^O^)\ あのクルーザーに乗るのです!\(^O^)/
先ほどの場所に近づいてきました。
とうとう、三角塔の至近距離まで来てしまいました。
ワンダフルハウスはクルーザーに乗り込みました。
船が動いた!
さようなら〜!(^O^)/~~~
おおーっ!速い!(゚O゚)\
右手に江ノ島と逗子マリーナが見えました。
前方でお客さんの歓声が上がっていますよ? 裕次郎灯台です!
名島も見えました!
素晴らしい景色です!
裕次郎灯台の横で1分間止まっています。 こちらはミニ灯台。
この白い灯台が裕次郎灯台(正式名称は葉山灯台)です。逗子海岸の高台にある兄・慎太郎の別荘からも一望に見える位置にあります。ヨットマンだった石原裕次郎さんの三回忌を記念して、1980年から1993年まで日本外洋帆走協会の会長を務めた、兄の石原慎太郎さんが約1億円の基金を集めて1989年に建設しました。灯台のプレートには「海の男 裕次郎に捧ぐ 葉山灯台」と刻まれています。
名島がすごい近くに見えます。
小さな赤い鳥居の立つ名島(菜島)は葉山沖約500メートルに浮かぶ無人島で、龍神が祭られています。源頼朝は森戸海岸に別荘を建て、よく来遊したと言われています。名島は昔、海岸と陸続きでした。島には頼朝の泉水と言われる井戸の跡が残っています。夏の間は森戸海岸から渡し舟が出ています。海岸中央の赤い旗が渡し舟乗り場で、往復1000円。
動いた! 裕ちゃん、さようなら〜!(^O^)/~~~
名島の横を通過。右奥に“逗子のビバリーヒルズ”披露山庭園住宅が見えました。 逗子マリーナ沖を通過。
鎌倉の材木座海岸沖で東京医科大学ヨット部のディンギーに遭遇。1960年に創部され、 関東学生ヨット連盟に唯一加盟している医科大学です。東日本医科大学総合体育大会でも4連覇を2度達成している強豪です。 稲村ガ崎沖を通過。
鎌高前沖を通過…タイミングが合わず、江ノ電は見れませんでした。 前方に江ノ島が見えました!
小動岬沖を通過。あそこで太宰が心中事件を起こしました。 江ノ島が近づいてきました!
江ノ島ヨットハーバー沖を通過。ヨットハーバーの奥にある白灯台が、海からは近くに見えます。
1964年、東京オリンピックのヨット競技が江ノ島沖で行われることになり、それに合わせて現在の様に埋め立てられ、ヨットハーバーと白灯台が作られました。
おーっ!江ノ島の裏側は洞窟だらけです。 新江ノ島展望灯台です!
新江ノ島展望灯台は、江ノ島電鉄開業100周年記念事業により、2003年に建て替えられました。高さ41メートルの展望フロアからは、湘南の海と西に富士山・丹沢連峰、南に大島・伊豆半島など360度の大パノラマを楽しむことができます。
江ノ島の岩屋は、波の浸食によってできた海蝕洞窟で、第一岩屋(約152m)と第二岩屋(約112m)からなります。長い間、落石の危険から閉鎖されていましたが、落石防止の工事などを行い、1993年から再度公開されるようになりました。 第一岩屋と第二岩屋を結ぶ橋の上から足下の波間を見ると大きな海亀のような亀石が見えます。沖の竜宮城に向かって泳いでいく亀に見えるのです。
江ノ島をグルリと周り込んで、1分ほどストップしました。
おーっ! いつの間にか新江ノ島水族館の沖まで来ています。
お客さんの間から歓声が上がりましたよ?
茅ヶ崎沖の海にひょっこり頭を出す烏帽子です!
クルーザーがUターンしています。復路の始まりです。
ワンダフルハウスはキャビンに入って座ることにしました。
またまた白灯台です! 水滴でよく見えないのですが、高台があるので七里ガ浜あたりでしょうか?
葉山マリーナに戻ってきました。
あの三角の塔がワンダフルハウスの乗ったクルーザーを迎えてくれました。
堀内誠一と金子功の最高傑作である誌上映画「地球最後の女」のエンディングは、ここで撮影されました。
日本のグラフィック・デザイン史上に美の王国を築いたアート・ディレクター堀内誠一が、この不思議な三角のデザインと機能性を気に入っていたことは確かです。
平凡パンチ女性版 1号
1966年6月10日発行
「地球最後の女」
撮影 立木義浩
モンタージュ 堀内誠一
衣装 金子功
2006年
臨時増刊で4冊出た平凡パンチ女性版と、創刊号から49号までの初期アンアンを見ると、堀内誠一の趣味、彼が志向したものが、1960年代以降の日本のサブカルチャーの核になったことがわかります。同じ平凡パンチ女性版1号では、安井かずみが監修した女性ドライバーのためのドライブガイド「湘南パンチコースト」にも葉山マリーナとパシフィック・パーク・ホテルが登場しています。ここは、1966年当時のセンスエリートたちの最高の遊び場でした。
45分間の素晴らしいクルージングが終わりました。これで2850円は安いですね。
クルージングの後は日影茶屋で会席料理をいただくことにしました(^Q^)
葉山マリーナを出て、鐙摺(あぶずり)方面に向かいます。
極細麺では日本一かもしれないというユーミン一押しのラーメン店「しなそば 小浜」を過ぎたら…
ここから先には、日本最高の食文化ゾーン“チャヤ”の名店がひしめいています。その日本料理部門「日影茶屋」に到着しました。
↓旗立山へ↓

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