わんだふるはうす 森戸海岸線を行く

海狼

横須賀から大磯まで、湘南の海岸沿いを東西に走る国道。それがルート134号線。葉山御用邸前交差点を左に折れると、逗子・渚橋まで曲がりくねった細い道が海岸沿いに続きます。それが県道207号・森戸海岸線。いかにも葉山らしい風光明媚なこの道路を、2005〜2006年にかけて、ワンダフルハウスが走破しました。このコーナーでは、中華料理店「海狼」をご案内いたします。


「カフェ・マニマニ」を出ると、右手にサーフショップ「YTM ボードセイリング ショップ&スクール」があります。日本初のプロウインドサーファー石渡兄弟が経営するウインドサーフィンショップで、店名の「YTM」は三兄弟の頭文字を組み合わせています。残念ながら、その三兄弟の中で、”T”の常原さんは、2003年4月20日に胃癌のため逝去されました。石渡常原さんは、ウインドサーフィンが初めてオリンピックの公式種目となった、1984年第23回ロサンゼルス大会のプレ・オリンピックであった、1982年第9回アジア大会ウインドグライダークラスで金メダリストになり、その後も日本のウインドサーフィン界の中心にいました。石渡さんの弟子であり、世界的プロウィンドサーファーであり、ライターでもあった飯島夏樹さんの小説神様がくれた涙」の主人公のモデルとしても知られています。飯島夏樹さんのドキュメンタリー番組「天国で逢おう」でナレーションを務めた女優・宮崎あおいさんが、この小説を絶賛しています。
飯島夏樹さんは、1966(昭和41)年、東京都生まれ。ワールドカップに8年間出場し続けた世界的プロウィンドサーファー。2002年5月肝臓ガンと診断され、2004年6月余命宣告を受けた時に、初めて「自分は生かされている」と体感、病床で始めた執筆活動に生き甲斐を見出しました。小説「天国で君に逢えたら」(新潮社)はベストセラーとなり、8月ハワイに家族で移住。「最期の時まで物書きを続けたい」と、ネット連載「今日も生かされてます」で精力的に執筆を続けていましたが、2005年2月28日逝去されました。逝去後に発売された「ガンに生かされて」(新潮社)も大きな反響を呼び、現在はハワイ在住の夫人の飯島寛子さんブログを引き継いでいます。
海狼
左手に「海狼(かいろう)」が見えてきました。ワンダフルハウスは、こちらで中華料理をいただくことにしました(^Q^) 向こう側の入口にメニューが置いてあります。 メニューがありました。
右がランチメニュー。3500円の季節のランチコースは、お手頃でいいですね(^‐^) では、早速店に入りましょう。
ここにもメニューがありました。 これは、本格的です!\(^O^)/ (メニューは2005年8月のものです)
わんだふるはうす一行は店に入りました。
おおっ! これはシーラカンス!? 素人目にも高価な物であることがわかります。一体これは?…
こちらは、幸せを呼ぶという、ROYAL COPENHAGENの焼き物でした。
『1775年デンマーク王室擁護の下に設立されました。以来「真に良いものしか生み出さない」という思想に基づき、芸術品とも呼ばれるほど格調のある製品を創り続けてきました』
ふむふむ、カップ&ソーサーやイヤープレートでお馴染みのロイヤルコペンハーゲンが、このような美術工芸品も作っていたとは…
『おおよそ3億5000万年前より生息していたと言われる「シーラカンス」は、化石の上のものとして、数千年前に恐竜と共に死滅したとされていました。しかし、1938年12月に南アフリカ東海岸でグーセン船長の魚網にかかった1尾がシーラカンスそのものでした。このシーラカンスは、学名を「ラティメリア・チャルムナイ・スミス」とつけられました。その名は、グーセン船長からラティマー女史、さらにスミス博士へと幻の魚を現実のものにしていった人達と捕獲場所チャルムナ河口沖に因んでいます。東アフリカ沖のコモロ諸島の人々の間では、古くからこれを「ゴンベッサ(幸運)」と呼び、幸福をもたらす縁起の良い魚だとの言い伝えがあります。彫塑家ジャンヌ・グリューは、このシーラカンスから強烈な印象を受け、青の釉(うわぐすり)を用いた陶器でこれを表現し、「ブルーフィッシュ」として発表しました。この作品は、素晴らしい未知のものに対するロマンを呼び起こします。1972年(昭和47)秋、昭和天皇・皇后陛下が訪欧された際、ロイヤル・コペンハーゲン社を見学され、記念としてこの「ブルーフィッシュ」と同じものが陛下に献上されました』。
幻の魚が現実のものに…男のロマンです!\(^○^)/ このような素晴らしい品をコレクションしたこの店のオーナーとは何者なのでしょうか? 
あの黄色いのはマンゴープリン?(^Q^) こちらは、お土産用のマンゴープリンと杏仁豆腐でございます。たいへん美味しゅうございます(^Q^)
目の前に森戸海岸が…わんだふるはうす一行は、海側の席に座らせていただきました。右隣りの席と、写真では切れてしまいましたが、左の奥まった席は、石原裕次郎さんが好きだった席だそうです。
アイスウーロン茶(420円)とジンジャーエール(420円)。ジンジャーエールは濃厚な味でした。 前菜盛り合わせ。
干し貝柱とほうれん草のスープ。天日に干すことで旨味を凝縮した帆立の貝柱は中華料理には欠かせない高級食材で、中国では「乾貝(かんべい)」と呼ばれています。有名なXO醤も貝柱が主な材料となっています。江戸時代から、干し貝柱は「俵物」として取引されていました。当時は長崎の出島まで運ばれた後、上海などの港に運ばれていました。現在でも中国で使用される干し貝柱のほとんどが日本からの輸入物です。この干し貝柱は、水揚げしたホタテを、鮮度が良いうちに塩茹でし、太陽のもとで乾燥させたもの。天日干しにされた帆立の貝柱はカチカチに身が締まり、アミノ酸などのほたての旨味がぎゅっと濃縮されています。弱った肝臓を回復させてくれる「アラニン」という成分が多量に含まれていて、健康的な食材でもあります。 大海老の香味飾り焼き。
「本日の飲茶」は肉まんと餃子でした。餃子は海老餃子でタケノコも入っていました。
牛肉と茄子の炒め巣篭り風。具が乗ってる網状の物体は、カルビー「サッポロポテト バーべQあじ」の大型版です。グリーンはほうれん草の色ですね。シソ味のザーサイとメンマをつまみながら全部食べてしまいました(^Q^) 
ふかひれあんかけご飯。オイスターソースと醤油で煮込んだ、とろみのあるあんが…ほっぺたが落ちる美味さです)^Q^( 次に来た時は石原裕次郎が好きだった「ふかのひれ醤油味姿煮」をいただきたいものです。フカヒレの原料となるのは「鮫のヒレ」で、中華料理の高級食材として知られていますが、コラーゲンを豊富に含む美容食材でもあります。 
デザートとコーヒー。タピオカ入りココナッツミルクです。タピオカとは、熱帯地方のキャッサバの根茎から製造した澱粉。通常、タピオカと言われているのは、その澱粉を粒状に加工したタピオカパールのことです。乾燥品で売られているので茹でて使います。タピオカの滑らかでプチプチとした感触を楽しませていただきました(^Q^) こちらは、お土産もあります。
ん? 旗の向こう側を横切ってるあれは? コスタ・デル・ソルからも見えた、森戸海岸名物「バナナボート」です!\(^O^)/ 4人乗りのバナナボートをキャプテンがジェットスキーで引っ張ります。安定して乗っていられるのは低速走行の直線のみ。ちょっとスピードを出すか、曲がるかですぐに”撃沈”。あの黄色い旗の下から1000円で乗れます。食後に海岸に下りて、見に行ってみましょう。

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