もてなし

by ユリさん

ダイニングテーブルのような大きなテーブルもなく、かたいいすもなく、あるのは体がすっぽりはまりそうなソファと、広々とした開放的なスペース……。ファッションデザイナーの金子功さん、ユリさんご夫妻がおもてなしに使うのは、この広いリビングルームです。大きな窓からは冬の日ざしが部屋一杯にさし込み、床は床暖房で心地よく温まっていて、どこにでも好きな場所に座ってくつろげるようになっています。こうした居心地のよさを大切に―――これが夫妻のお客さまを迎える初心です。

「着るものもシンプルなものを選びます。私自身もそうですが、周りの人たちもくつろげるのではないかしら。好きな色は、白、黒、キャメル。アクセサリーもイヤリングくらいです。外出するときはいっぱいつけるのが楽しいけれど、お茶をいれるときに指輪やブレスレットがカチャカチャ音を立てるのは嫌ですものね」と、ユリさん。
家の中では自然なままでいるのが一番で、メーキャップも顔を明るくさせる口紅だけ。ヘアスタイルも自分で柔らかくアップにして、ちょんとおまんじゅうにまとめています。普段の素顔とほとんど変わりませんが、好きな色を着こなして自分も気分よくくつろいでいると、お客さまも余計な気つ゛かいをしなくてすむのでしょう。ユリさんのふんわりしたムードの笑顔が、何よりのおもてなしといえそうです。
そんなわけで、あまり特別なことはしないけれど、と前置きして、「お招きするかたの好きなことを一つ見つけて演出できれば」とおっしゃいます。
たとえば、花。「私が招かれて出かけた家で大きなゆりの花束に出会ったら、うれしいのね、わあ、ありがとうって」
お招きするかたに何かご縁のあるものをどこかにさり気なく置いておくこともあります。一緒に出かけた旅行先で買った置物とか、食器とか。
料理は、新鮮な魚料理をなじみの料理屋に頼んで作ってもらい、煮物やちょっとしたおつまみは普段のお惣菜をお出しします。この日の献立は、ひらめの昆布じめ、鯛の頭の塩焼き、お煮しめ、子かぶのすまし汁、くわいせんべいなど。お酒のすすみぐあいを見計らって、栗ご飯とお漬物を運びます。食事のときはじゅうたんの上に高膳を出してのせるようになさっています。骨董を買ってきては「こんなの、見つけた」と互いに目ききを競っている二人、勢いのある鯛をのせた備前の大皿や、色絵の大鉢にフルーツを盛り込んだ趣向など、訪れる人をはっとさせてくれます。自宅に招いたり招かれたりする楽しみは、こんなところにもあるのでしょう。
お客さまがみえる少し前から玄関に香をたくというのも、さり気なく、心に残るおもてなしです。

ミセス1986年12月号より

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