★ 京都大学医療技術短期大学部看護学科−特別講義−

看護大学の特別講義として、ある患者の体験、そしてそこから得たもの、看護職に伝えたいことなどをお話しさせていただきました。
一こま90分の長い話しですし、原稿もありません。患者の体験は繰り返しになりますので省略させていただいて、この点だけをぜひ、と思うところのみ簡単に書かせていただきます。

まず、三年程勉強したカウンセリングの先生に許可をいただき、私が教えてもらったリラクゼ−ションの方法を披露しました。腹式の呼吸法と全身のリラックス、あとイメ−ジです。はじめてのことで上手くはいかなかったかもしれませんが、素直に私の言葉に従ってくれてありがとうございました。こんなことがある、と記憶に留めて、なにかの折りに役にたってくれればと願っています。
ちなみに私にはおまじまいの言葉があって、この腹式の深呼吸をしながら、「なんとかなる、なんとかなる」と唱えるのです。 これは、効果絶大で、随分と助けてもらいました。

*患者は役者であること
 患者はお芝居をします。本心なんてよほどのことがなければ言いません。なぜかといえば、常に「こんなことを言ってもいいのかしら」と良い患者でいようという意識が働くからです。又は、「分かるわけ無いでしょ」という気持ちもあるとおもいます。 そこのところをよく考えに入れて、患者の言葉を鵜呑みにしないで欲しいのです。難しいとは思いますが、現場で真剣に患者と向き合っていれば分かってくることだとも思います。ぜひ、患者の本心を聴き、近くにいる看護職になって下さい。

*素晴らしいお仕事
 私はこの病気になってから、価値観が変わりました。海外旅行に行きたいとか、素敵な洋服が欲しいとかいう表面的な希望や、私がこうしたいということではなくなにが一番の喜びになるか。真に人と心が触れ合えること、想いを伝えられること伝えてもらうこと、そして最高の喜びは心からの「ありがとう」をいただけること。
看護職はその「ありがとう」がいただける本当に素晴らしいお仕事だと思います。みなさんが思っている以上に患者は看護職に期待し、頼りにしています。肉体的にも精神的にもぎりぎりの状態のとき、差し伸べられた手を決して忘れることはありません。私にも何回かの入院で感謝している、忘れらない看護婦さんがいます。ぜひ、お仕事に誇りをもって患者のありがとうをたくさんいただける豊かな経験をして下さい。

*真剣な恋をして下さい
 若い健康な皆さんが、この一応平和な国に暮らしていて、現実に必死になって他人のことを想うのは、恋をしたときだと思います。真剣な恋です。人間関係に思い悩むことはとてもいい経験になりますし、自分の心を覗くことでもあります。できれば、命がけっていうのを体験して欲しいと思います。人の心の傷に敏感になれるよいうに思います。(お節介かな)

*厳しい病状にある人に対する態度
 治っていく人はいいけれど、厳しい病状にある人に対してどうすればいいのか分からないということをよく聞きます。先日もお話しに行ったところで、質問を受けました。
私の体験からお話しします。
がん、でもう時間があまりない方のお見舞いに何度かいきました。先日はあるホスピスに、一度も面識のない、メ−ルのやりとりだけの私よりも若い男性に、ひょんなことから会いに行きました。 道すがら、どうしていいのか分からず、とても不安で緊張して「こんなことなら、来るんじゃなかった、どうすればいいのだろう、どんな顔をすれば、何を言えばいいのか」と悩みました。病院の近くまで来た時、はっと気づいたのです。
私はあなたに会いたいから、会いに来た。その素直な気持ちで彼に会えばいいのだと。 彼が、私より先に死に行くかわいそうな人だとか、なにかしてあげようとか考えるからおかしくなるのだ、彼そのものを受け止めよう、彼に教えてもらおう、と考えました。 誰だって、もしかして乗っているこのバスが事故を起こして私が彼より先に逝くことだって有り得るのです。なにも、彼は特別な人ではない、いえ、苦しい思いをしただけきっと素晴らしいものを持っているに違いないと思いました。
 その考えは当たっていました。彼はいままで見たこともないほど、澄んだ湖のようなきれいな目をしていました。 人は若くして病に倒れ、命短いことを知り、たくさんの思いを残して逝かなくてはならなくても、その状況を自分でしっかりと把握しながら、こんなきれいな目を持つことができる。そのことは私に励ましを与えてくれました。彼の存在が力を与えてくれました。(Bさん、ありがとう、あなたのことは忘れない、あなたを知った私になって生きていきます。)
彼とは初対面でしたが、話しがはずみ引き止められて、2時間以上楽しくお話しをしました。この話しから、なにか感じていただけたらと思います。

*ご縁
 デスカッションの時間になり、何か質問、感想はありませんか、と聞きましたが、しんと静かになってしまい、意見があまり出ませんでした。

このたくさんの人が生きている地球にいて、話しをすることができるのはほんのひとにぎりの人でしかありません。今、ここに生きて会うことのできる人間は限られています。出会いを最大限に利用して欲しいと思います。まだ現場を知らないみなさんにはピンとこない話しだったのかもしれません。いつか、現場に出た時、悩んだ時、がん患者の**という者があんなことを言っていたな、と思い出していただければいいと思います。私はご縁があってみなさんに会えたことをとてもうれしく感じています。


以上

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