今日もぶつぶつ
7月18日(水)
今日は研修でした。
研修は午後から。だから11時前には会社を出て、研修場所に着いてからお昼ご飯を食べます。
それにしても、普段社食に払う400円すら惜しんでお弁当を作る身としては、600円も700円もするランチはきついです。
せめて平日半額のハンバーガー屋か300円が売り物の牛丼屋があればいいのですが、それも無し・・・。
たまにはぜいたくもいいかと割り切って定食屋さんに入りましたが、カウンターに座らされ、右隣ではどっかの怪しげな宗教団体のちらしを読みながらビールを飲んでるおっちゃん、左にはエビフライ定食を食ういい年したサラリーマンがいました・・・。
で、食べ終わって研修会場へ着いてみると、早すぎたのかまだ開いてません。まだ45分も前だもんね・・・。
待つ場所も無いし・・・ってことで今後の食事場所を求めて散歩をすることにしました。
散歩の対象はでっかい商店街。最初は見なれた風景でしたが、奥へ歩いて行くと、どんどん店が増えて行きます。
すると、「全然ないよ〜。」と思っていた安い食べ物やさんがわんさかと・・・。
おおっ、こりゃ楽しい♪次回の研修の時にはここで食べようか、いやいやあっちで食べようか、う〜ん、ここまで来るとちょっと遠いかな〜なんて思いつつどんどん歩いて行くのですが、商店街もどんどん続いていきます。
しかも、途中で道が二股に分かれていて、空いている方の道を選んだのが運の尽き・・・妙な看板を持ったけだるそうなおっちゃんがたくさんいる場所に出てしまいました。
たった1500円で、ビデオを鑑賞しながらご休憩できるそうです・・・・・・。
なんだか妙な所へ迷い込んじゃった・・・と思いつつぐるりと一周回り、ふと近くのお店の時計を見ると・・・。
研修まであと10分しかないやん!30分以上歩いてたってことか!
慌てて引き返しましたが、この暑いのに走ったりして大変です。やっと研修会場に着いたのはもう2.3分前。受け付けの人は、息を切らして汗だくになって駆け込んできた私にかなり驚いていました。
で、当然研修中、体力を大量に消耗のためぐったり。
久しぶりですね、椅子に座ってて、ガクン!と音を立ててひっくり返りそうになったのは。
ついでに1キロ痩せました。すごいですね、商店街でお散歩・・・。
7月15日(日)
もうだめです・・・暑くて何も出来ません。
大体、座ってるだけで汗が吹き出てきてTシャツとかびしょぬれになるんだから、もうやってられません。
うちにはクーラー無いですからね・・・。さすがに気持ちが挫けてきて、クーラー買おうかな、なんて思い始めています。
でも、大家さんには許可貰わなきゃいけないし、クーラーの工事するんなら人が入ってもいいように部屋を片付けなきゃいけないし、工事だって立ち会わなきゃいけないし・・・。
で、いざクーラーが入ったらこまめに掃除しなきゃ、多分ぜんそくが出るし、
いつか引っ越す時には取り外し工事もいるでしょ?なのに次の部屋がエアコン完備だったりした日には、このクーラーはどうすりゃいいの?
と、色々理由をつけて買わないまま、結局この夏も過ぎて行くのでしょう。
しかし、だらだらと寝転がっているだけだとやっぱり天罰が下ってしまいました。
頭の右半分、痛い・・・。
これはもしや、約1年半前に体験した、視神経の痛みじゃ・・・?
そういえば最近暑くて腹筋とかしてないしな〜。
と反省しつつ今朝の新聞を読んでいると、熱中病多発!と書いてあります。
熱中病の症状も、頭痛と吐き気・・・合ってる。
もしやあまりの暑さに脱水症状になり、頭が痛いのでは?大体ずっと口の中がカラカラで、常に何かを飲んでいなきゃ耐えられない体になっているのです。
そこで思い出したのはかなり前に見た『200X年』
鉄分が不足して体の体温調節機能が弱くなり、口の温度が高くなるので延々と氷を食べている人のお話でした。
私は別に氷は食べませんが、すぐに口の中がからからになり、たまに歯が引っ付いて口が開けられなくなっています。
首の神経弱体化による偏頭痛なのか、脱水症状の一環として頭が痛いのか・・・。
とりあえず今日は暑いのを我慢して腹筋をしてみました。両手を組んで頭の上に掲げる運動もしてみました。
そのせいかどうか、ちょっぴり頭痛も楽になりました。
で、暑さでだらだらした生活を反省して取りつけ工事のいらないクーラーもどきは無いのだろうか?と探してみたところ、「冷風扇」なるものが存在することを知りました。
が、早速ネットで使っている人達の意見を見てみたところ・・・めっちゃ評判悪い!扇風機に毛の生えたもの程度のようです。下手をすると扇風機より悪いみたいです。(音とか手入れとか・・・)
もう、夏がさっさと過ぎてくれることを祈るしかなさそうですね。
7月12日(木)
暑い・・・眠い・・・。
ちゃんと更新しなきゃ、とは思ってるんですけどね・・・ごはんを食べたら寝る生活で、パソコンすら立ち上げないこの日々。
眠い理由には心当たりがあります。多分コンタクトです。
自覚はないけど、相当目が疲れているのでしょう。家に帰ってレンズを外すと、途端にめがしょぼしょぼして、開けているのも辛くなります。
で、ちょっと休もうと布団の上に転がるとそのまま・・・昨日なんパックをしたまま寝ていました。
昼間会社で、眼の下がピクピクするのもざらです。かなり目に負担を強いているのでしょう。
その反面、確かにコンタクトはすごいです。慣れているとほとんど違和感なく付けていられるので、当たり前のように遠くのものをはっきり見ています。
この人こんな顔だったんだ〜と驚くこともざらではありません。
これは確かに、世の中のコンタクトを愛用している人が言うように、「コンタクトなしじゃあ生活できない!」ってことを身をもって知るできごとです。
ところで、私には2つばかり心配なことがあります。
その1:来週ディズニーランドに行くが、三大マウンテン等、風圧の強いものに乗るとはがれないか。
コンタクトをしてないと、細かいとこまで見えなくて臨場感ないし・・・でも、コンタクトが飛んで行ったら最悪だし・・・困ったものです。
その2:ちょっとくらいなら寝ても大丈夫か?
私が付けているのはソフトレンズなので、あまり空気を通さず、目に優しいものではありません。
だから、付けたまま寝ないで下さい!って言うのは厳しくいわれており、コンタクト初心者は、バスとかで居眠りするのもいけないんだろうか?とびびってしまったわけです。
どちらも、ソフトレンズ経験者に言わせると杞憂だそうで、目を見開いて乗ってるのでもない限りソフトレンズは風圧の強い乗り物でも大丈夫、ってことと、ちょっとくらい寝ても大丈夫でしょう、ってこと。
ま、初心者は過剰に心配するくらいで丁度いいのです。
そろそろ装着や取り外しに要する時間も短縮されてきた今日この頃。
いつの日か、つけているのも忘れて、ものすごい絶叫マシンでも気にせずのれる日が来るのでしょうか?
7月7日(土)
なかなかいい映画を2本見ました。1つは溜め込んだテープの中に入っていた『ガズパール』で、もう1本は、神戸在住の人しか見られない地方局で放送された『スパルタカス』です。
まず、『ガスパール』からいきましょう。
おばあさんが息子夫婦に捨てられるシーンから映画は始まります。フランス版姨捨山でしょうか。
捨てられたおばあさんは裏切りに驚きつつ、強く歩き続けます。どうにかして生きようと、重い荷物を持ったまま歩き続けるのです。
やがて疲れ果てたおばあさんは、優しい青年、ロバンソンに引き取られます。
が、ロバンソンの同居人で、将来一緒に食堂を経営しようとしていたガスパールは猛反対。おばあさんを追い出そうとしますが、逆にロバンソンは、夫を亡くして幼い娘とともに貧しく生きるローズに恋してしまい、この二人まで引き取りたがる始末・・・。
この映画には、心に傷を負い、それでも傷を負わせた人々を決して憎まない人達が登場します。
息子夫婦に捨てられたのに、恨むどころかその後の心配までしているおばあさん、母親に捨てられて、だからこそ捨てられた人を見捨てられないロバンソン、失業で最愛の妻に逃げられ、幸せな家庭を失っても妻を愛し続けるガスパール、夫を亡くし、娘と二人で誰にも頼らず生き続けようとするローズ。
映画を見ながら、「何でこの映画の題名、『ガズパール』なんだろう?」と、とても不思議でした。
だって、物語の中心は母親に捨てられた息子ロバンソンと、息子に捨てられたおばあさんで、ガスパールはそれを複雑な思いで見てるだけだったのですから。
でも、原題は『ガスパールとロバンソン』それなら納得ができます。
子供の頃家族に捨てられて、人の情けや愛で生きてきたロバンソン青年は、まだ無邪気さを残していて、自分の悲しい過去の思い出を振り切るように、不幸で困っている人を見捨てることはで来ません。
だから恋したローズにも、彼女の尊厳を傷つけないよう、腫れ物に触るように接しています。無邪気で優しく、頭をぷるぷる振る癖・・・それはラストシーンの伏線です。
一方のガスパールは、そこそこ平均的な少年時代を経て大人になり、就職した先が倒産。そのせいで妻に逃げられ、元同僚のロバンソンとと共にレストランを開く夢を見つつ、無邪気に救いの手を差し伸べるロバンソンに、尊敬と嘲り、憧れと保護欲を矛盾して持ち続けています。
でも、おばあさんがやってきて新しい空気を吹き込み、ローズとその娘がやってきて、ロバンソンに産まれて初めて家庭の味を感じさせた時、ガスパールは一人で旅立ちます。
それは、傷ついた人々の集団の中ですらガスパールは入る込むことができなくて、人知れず孤独を抱き続けていることを意味しています。
はぐれ者達の中ですらはぐれたままの人・・・その悲しさに着目したから、邦題は『ガスパール』になったのかな、と思ったりもします。
まるで本当の家族のように楽しそうに海辺を散歩するおばあさんとロバンソン、ローズとその娘・・・。それは、息子が母親と嫁と娘と楽しく散歩する姿と同じです。
全員心に傷を負う他人である分、愛情は深いのかもしれません。
それを見つめながら一人孤独の旅に出るガスパールの背後に、子犬がついていきます。
どんなについてくるな、と言っても子犬は無邪気な瞳でガスパールを見つめ、頭をぷるぷる振りながらガスパールについていきます。
捨てられて心に傷を持つ人々。でも、自分を捨てた人を恨まず、強く生きていける人々。
同じ傷を負うのに、結局傷を負う人々の中に入れないままの人。でも、誰の中にも救いはある・・・。
なかなか含蓄があっていい映画でした。個人的にはあのおばあさん好きだ。
捨てられても、捨てられた事情(超貧乏で年老いた母親の面倒を見れない)を理解し、却って息子の身を案じる始末。
捨てられたと分かっても、なんとかして生きようと歩き続ける強さ。
捨てられた痛みが分かるから、もう二度と捨てられたくないと頑張る健気さと、それでも我を押し通したいところと、誰かの傷に触れるか触れないかのぎりぎりのところで踏みとどまるところ。
年を取ったらああいうおばあさんになりたいものです。
なんにせよ、この映画で思い出したのは若山牧水の短歌です。
「しらとりは 悲しからずや 空の青 海の青にも染まず漂う」
海と空の青は全く異質で、どちらかがはみ出した色のはずです。でもしらとりは、そのどちらかに染まることすら出来ず、たださまよう。
誇りと孤独・・・・・・・なんともいい映画です。
もう一つの『スパルタカス』
これは途中から見ていたので最初の方がちょっと分かりませんが、古代ローマ時代、奴隷剣闘士として戦っていたスパルタカスの反乱の物語です。
これに限らず、歴史映画って迫力がすごいです。
そういえば世界史にも載ってたな〜とぼんやり考えつつ見てたこの映画。古代ローマの癖になんで会話が英語なんだ?なんてしょうもないコメントは置いといて、みごたえはありました。
土佐の闘犬と同じ立場だったスパルタカスが、仲間を殺し続ける生活は嫌だと反抗したことがきっかけの反乱。
それは、同じ疑問を抱き続けていた奴隷達の心にも響き、やがて反乱となります。
そんなスパルタカスの反乱を抑えるローマ共和国のクラッスス・・・ああ、こいつも歴史の教科書に出てきたな・・・と思いつつ、1番の注目株はローマ共和国の元老院の一人でした。
名前はグラッスス。え〜っと、世界史ではスパルタカスの反乱の50年ほど前にグラッスス兄弟の改革ってものがあって、この人はその兄弟のかたわれなのか子孫なのか、学校で習った歴史を半分以上忘れている身にとっては怪しいところですが、私はこの人が印象深かったです。
二重顎で既得権擁護の代表者のようなグラッスス・・・でも、クラッススの政敵で、密かにスパルタカスに協力したりします。
理由は、「それが政治的に都合が良いから。」
奴隷が反乱を起こすなんて生意気だ!という声の中、この人は、「政治家とは自分や国にとって利益になることは何かを考えて調整することだ。」と言います。
だから、ローマが本格的な戦争に捲き込まれないよう、スパルタカスにある程度譲歩したり、その目論見がばれて政権争いで負けても、潔く隠居します。
まあ、クラッススも最終的には政権闘争で負けたはずなので、結局歴史映画の教訓って「因果応報」この4文字だと思うのです我・・・。
そんな単純なことすら映画と言う特殊な形を通さなきゃインパクトは無いし、仮に人の心に何らかの印象を与えたとしてもすぐに忘れ去られたりするし。
人の強さ、弱さ、運命、戦うこと、受け入れること・・・色々と考えさせられた本日の素敵な映画2本でした。(あたりさわりのないまとめ方・・・)
7月6日(金)
三木道三がミュージックステーションに出ると新聞に書いてあったので見てみました。
今まで音楽のランキング番組とかでサビの部分はしょっちゅう聞いていたのですが、フルコーラスで聞くのは初めてです。
『lifetime respect』ううむ、久々にいい感じの曲だ。
この曲で結婚するカップルも増えた、と話すアナウンサーに、三木道三、「結婚するとかしないとかだけじゃなく、カップルかそうでないかも関係なく、人間関係にはRESPECTが必要だということ。」と答えていました。
RESPECT:相手に敬意を払うこと。(あえて「尊敬」とは訳しません)は確かにカップルじゃなくても必要ですもんね。
以前テレビで、結婚後に主婦をしている人と働いてる人が言い争いをしているのを見ましたが、お互い否定しあっていてちょっと不快でした。(だったら見るなって?すぐにチャンネル変えましたとも!)
世の中の結婚している人全員が主婦になれ、とか働け、とか言うんじゃなくて、本人が納得してればどっちでもいいんだもんね。
「私はきれいな家とおいしい食事と清潔な洋服をいつも準備して、疲れて帰ってきた夫に「お帰り」って言ってあげたいんだ。」
って思ってて、ちゃんと実行もできて、それで夫婦が幸せに暮らせてるならそれでいいはずだし、夫は安らぎの場所を提供してくれる妻に敬意を払うでしょう。
共働きで、どんな分担だか知りませんが話し合って家事を分担して、お互いの仕事の都合なんかも理解しあっていればそれも互いのやってることに敬意を払うことだし。
だけど、世の中そんなに上手く行かなくて、
「家のことを一生懸命やってるのに誰も感謝してくれない」「働いてるのに家事だってほとんど私がやってる!」「働けって言われる!」「働くなって言われる!」
と、どうにも敬意なんて払ってもらえない状態だから、逆に自分を正当化したくなって反対の立場の人、(主婦は働く妻、働く妻は主婦)を全否定したくなるのかもしれません。
・・・ちょっと飛躍してきましたね。
要はRESPECTって大切だな〜ってことと、RESPECTは、まず自分が満足できない人には無いだろうということと。
明日、CD買おうかな〜
7月5日(木)
午前中、腹が減ったのでちょっとキャラメルを食べていた。
キャラメルに限らず飴ってものは、最後まで噛むのが非常に難しい。なんというか・・・一種の持続力と言うか根気と言うか・・・謎の力が必要なのだ。
当然私にはそんな力は無い。だから、キャラメルを途中から噛み始めていたら、突然、ガリッって・・・。
なんだか固いものがキャラメルと一緒に口の中を転がっています。慌てて取り出してみると、それは私の右奥の歯の詰め物でした。
ああ、歯医者行かなきゃ・・・。
悲しい気持ちで詰め物を眺めた私ですが。このままにしておくわけにもいかず、トイレに行って詰め直しました。
自分で言うのもなんですが、口を大きく開けて、奥まで手を突っ込んで詰め物を落ち着かせようとするその姿はコンタクトレンズを入れる姿に負けず劣らず壮絶です。
で、やっと詰め物を入れ直したものの、昼食中、再び外れました。
もうどうしようもない・・・詰め物が取れた場所は当然深い穴が空いているので、ごはんがその中に押し込まれようとします。
それを防ぐべく、左側だけで噛もうと努力していたところ、顎がつりました・・・。
そんなこんなでととっと詰め直してもらおうと、終業のチャイムが鳴った途端会社を飛び出して会社近くの歯医者に行ったのですが、残念ながら休業。
がっかりしていた帰り道、その付近に住むパートの人と会ったので立ち話のついでに歯医者のことを話すと、
「でもあそこ、ヤブよ、ヤブ!」と教えてくれました。
ラッキーだったのか何なのか・・・。
仕方がないので家の近所まで帰ってきて、以前通ったおっちゃん先生の歯医者へ行って見ました。
診察時間は8時まで・・・まだ間があります。が、木曜日って休診日・・・。
よく考えると、このHPの日記で書いていたおっちゃん先生の歯医者って、1年以上前のことなんですね。
月日が流れるのは早いものです。そして年齢も・・・。
とにかく明日も大急ぎで歯医者に行かなければなりません。
詰め物が取れるくらい誰にでもよくあることで、大げさに騒ぎ立てることではないのかもしれませんが、私は顎まで攣ってしまいます。
そんな目に遭わないよう、明日は歯医者・・・。
7月4日(水)
早いものでコンタクトレンズを付け始めてから5日が経ちました。
とはいえ会社では午後の4、5時間しか付けてられません。パソコン画面はやっぱりかなり目が疲れるらしく、すぐに目が痛くなるのです。
それはそうと、コンタクトを付けてから世界は確かに変わりました。
会社にいる人達の顔が変わってしまったのです。
家にいる時は自分の顔が思いのほか老けていてショックを受けたのですが、会社へ行ってみると皆様なかなか・・・。
顔の輪郭も目・鼻・口の線もくっきりと見えるので、まるで劇画タッチの世界に入ったかのようです。誰の顔も濃いことこの上なし。
その内この劇画の世界にも慣れてしまうのでしょうか?
またまた新たな世界に戦いを挑まれています・・・。
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