日本全国おでん屋紀行(5)金兜(かぶと)(松江)

 日本各地の盛り場を歩き回っていて、いつも感じることは、「おでん」はどこでも食べられるが、「おでん屋」は少ないということである。私がおでん屋と呼ぶのは、おでんを看板料理として食べさせてくれる店である。その他の酒肴があってもよい。おでんがメインであるならば、おでん屋として認めることにしている。
 今回は、出雲の国、松江のおでん屋を訪ねてみた。松江の東本町付近を歩いていると、おでんの看板を掲げた居酒屋が数多く目に止まった。しかしながら、どこもおでんがメインの店とは思えず、悩んだ挙句に入った店が「金兜(かぶと)」という魚料理とおでんを看板にする割烹料理屋だった。

 入口の引き戸を開けて中へと進む。うなぎの寝床式の細長い店内は、鮮魚を入れたガラスケースのある板場前のカウンター席といくつかの座席がある。カウンターの一番奥のおでんが沸々と煮えている鍋の前に腰をおろす。店の女将が「おでんですか。」と尋ねるので、鮮魚ケースには目もくれず「はい、お願いします。」と答えておでん種を選ぶ。残念ながらロールキャベツはないようだ。「ダイコンとスジ、それとそのキンチャクを。」、ダイコンは澄んだ薄口醤油がしっとりとしみ込んでいて旨い。スジもやわらかくてよい味だし、油揚げのキンチャクの中身は餅と挽肉でおいしかった。あっという間に食べ終え、追加のジャガイモとガンモを注文したが、これも旨かった。

 前日の夜は、鳥取市内の常連客相手の騒がしい店に入ってしまい、まずいおでんと月桂冠の燗酒を一杯飲んで早々に立ち去ったこともあったので、この日はじっくりと腰を落ち着けて旨いおでんと酒を味わった。この店の日本酒は、松江の地酒「旭天祐」である。  結局、私は最初から最後までおでんだけをつまみ、ビール1本と旭天祐の燗酒2合を飲んだ。隣のお客は魚の刺身などを食べていたようだが、私に限っていえば、料理人であるご主人の出番はまったくなかったのである。申し訳ないと思ったが、また次回来たときに、魚料理の方は賞味させていただこう。
 松江の3月はまだ寒い。外へ出ると冷たい風が吹いていたが、微酔した私の身体は芯から温まり、風がむしろ心地よく感じたのだった。

金兜(島根県松江市東本町2−2 0852−26−3921)

酒蔵奉行所通信第5号(平成6年4月20日発行)掲載文を修正

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