日本全国おでん屋紀行(7)田毎(西荻窪)

 西荻窪には私の気に入った飲酒処ガ多い。それぞれの店がとても個性を主張していながら、けっして敷居は高くなく、客にとって居心地がよい。お隣の吉祥寺が若年層向き飲酒スポットであるのに対して、西荻窪はある程度の酒歴を重ねてきた呑み助たちが集まるところである。

 おでん屋「田毎」はそんな西荻窪の街に似つかわしく、路地裏にしっとりと落ち着いた雰囲気を漂わせた店である。西荻窪の駅から歩いて5分足らずのところにあって、入口に赤ちょうちんがぽつんと吊り下がっている。住宅地に入るところで周りに居酒屋や商店がないせいか、この赤ちょうちんが不気味に闇夜に映えている。 店内は白木のカウンターのみで、10人入れるか入れないかの広さである。恰幅のよいご主人と粋な感じの女将さんの夫婦が店を切り盛りしている。ここのご主人は、おでん屋の名店「お多幸」の直系で正当なお多幸の味を守っているという話を以前聞いたような気がする。なるほど、店内にはお多幸の赤ちょうちんの写真パネルが飾ってある。

 おでん鍋をのぞいてみると、正真正銘の関東風。真っ黒いだし汁におでん種が浸かっている。先日食べた、だし汁の味がしっかりとしみ込んだタケノコととろけるようなチクワブ、それにスジとフクロはとてもおいしかった。ここのスジは牛肉の筋ではなく、魚のすり身である。
 日本酒は岩手県陸前高田の「酔仙」を置いている。これを熱燗で飲むのがこの店のおでんに合うようだが、他に冷酒として「田毎」の名前を冠した特別純米生貯蔵酒もある。ほのかな吟醸香を感じるすっきりタイプの飲みやすい酒だ。

 今や東京でも数少ない醤油味の正統派関東風おでんを味わってみたい人、そしてひとり静かに落ち着いた雰囲気の中で酒を飲んでみたい人は、この「田毎」に立ち寄ってみるとよいだろう。

田毎(杉並区西荻南2−24−15 03−3331−1241)

平成13年現在、杉並区西荻南2−6−14に移転し、女将さんが一人で暖簾を守っている。

酒蔵奉行所通信第7号(平成6年10月20日発行)掲載文を修正

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