日本全国おでん屋紀行(1)高砂(金沢)
食は金沢にあり。日本全国を旅していて、金沢ほど食文化の発達した地方都市を私は知らない。金沢は、新鮮な海の幸、山の幸に恵まれている。また、それらを調理し、おいしい「食」として供する料理人がいる。さらに一番大切なことは、加賀百万石の城下町が長い歴史の中で育んできた、旨い料理を味わう伝統的習慣があるということである。毎年2月に行なわれている食の博覧会「フードピア」は、そうした高度な食文化を反映した金沢ならではのイベントであろう。
ところで、金沢の町を歩いていると、おでん屋の暖簾をよく見かける。「高砂」は、香林坊交差点のすぐそばにある、ほのぼのとした雰囲気のおでん屋である。それほど広くない店内はほとんどがカウンターで、テーブル席と狭い座席がわずかにある。店の中は常に混み合っていて、客層も多彩だ。老夫婦、若いカップル、女性同士、勤め帰りのサラリーマン、そして私のような旅人。どんな人も気軽に入れる雰囲気を持ったおでん屋である。この気さくな雰囲気、おそらく家族経営がなせる技だろう。愛想がよくさばけた感じの女将さん、寡黙ながら一家を支える力強さが感じられるご主人、よく立ち働く娘さんたち。お互いの会話はなくとも以心伝心、息の合った仕事ぶりである。
私がこの店を初めて訪れたのは、7〜8年前、雪の降る寒い冬の日だった。とにかく身体を温めたかった。たまたま見つけて入ったのがこの「高砂」だった。金沢の地酒「福正宗」を燗で飲み、関東風でも関西風でもないおでんを食べ、冷え切った身体を五臓六腑から温めた。身体が温まったのは当然だが、それよりこの店のほのぼのとした雰囲気に、長旅で疲れた心までが温まる思いだった。とりわけ粋な女将さんの印象は強かった。
この日以来、私は、食都金沢へ行くたびに、必ずこのおでん屋「高砂」に立ち寄ることにしている。そして、日頃は燗酒を飲まない私も、ここでは燗上がりのする「福正宗」を飲み、よく煮込まれた「だいこん」や「牛すじ」などのおでんをつまむのである。
高砂(石川県金沢市片町1−3−29 0762−31−1018)
酒蔵奉行所通信創刊号(平成5年4月1日発行)掲載文を修正)
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