日本全国おでん屋紀行(3)太郎(吉祥寺)
学生時代から就職して間もない頃まで、私がよく行くおでん屋はいつも屋台だった。酒を飲むと何軒も店をハシゴし、終電がなくなる頃に行く場所、それがおでん屋の屋台だった。かつて高円寺南口駅前に出ていたおでんの屋台では、夜11時を過ぎると、突然それまで鳴っていたラジオのスイッチを切り、ジャズのカセットテープを流しだす。屋台の主である小柄なオジさんは、アメリカの進駐軍時代にファッツ・ナバロを生で聴いたんだと自慢し、「バド・パウエルのピアノはスゴイよなぁ」といつも言っていた。私もジャズが好きだったので、よくこの屋台でおでんをつまみながら、オジさんとジャズ談議をしたのだが、おかげで何度終電に乗り遅れたことか。
吉祥寺にも以前2軒のおでん屋が出ていた。1軒は井の頭線のガード下付近、もう1軒はサンロードの入口付近だった。どちらの屋台へもよく行ったものだが、常にかなりの酩酊状態だったため、おでんの味はほとんど記憶にない。若い頃はおでんの味などには興味がなく、ただ屋台の雰囲気が楽しめればよかったのだ。しかし今は違う。おでんはまず第一においしくなくてはいけない。
現在私がひいきにしている吉祥寺のおでん屋は、プチロードにある「太郎」である。狭い階段を地下へおりて入口の扉を開けると、長いカウンターと若干の椅子席が横に広がっている。カウンター席に座り、まずはロールキャベツとダイコンを注文する。おでんはだし汁がしっかりとしみ込んでいておいしい。このおでんに、酒は米沢の「東光」の純米酒を合わせる。東光の純米酒は冷やで飲むとすっきりとおいしく、おでんとの相性もピッタリである。いつの間にかおでんを追加注文し、酒杯を重ねてしまう。おでんを供する温和なご主人の対応も好感が持ててよい。そして店を出る頃には、満腹感と幸福感に満たされているのである。
「太郎」は夜の早い時間帯から混雑している。場所柄、若者のグループも多い。彼らは皆おでんを食べるのが目当てである。だから、この店の場合、お酒を軽く一杯という方々には馴染まないかもしれない。
太郎(武蔵野市吉祥寺本町1−8−14 0422−21−6666 火・水曜休み)
酒蔵奉行所通信第3号(平成5年10月1日発行)掲載文を修正
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